コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ ドライブ2017. 4.29

再びオートバイに乗るようになって・・・リターンライダー・・・と呼ぶらしい・・・から車のクルマの運転も好きになった。
特に雨の日にワイパーの規則的な動きを通して見るほの暗い日中に少しだけ全身を脱力させて握るハンドルの感触や走行感覚・・・それはタイヤやサスペンションやエンジンや雨音の奏でる絶妙のハーモニーは何かしら心をウットリさせる力がある。

灰色のまだら模様の空から絶え間なく降ってくる雨粒。
フロントガラスに当たって砕け、クルマのワイパーがそれを無機質に容赦なく拭き取る。
そのリズムがたまらない。
両腕をセンターボックスとドアの肘当てにもたせかけ、軽くハンドルを切りまわす。
今でも自在に動いてくれるレクサスLS600hも8年目。
18万kmも走った。
トヨタ系のクルマらしくその運転感覚はそれほど鋭いものではなくどちらかというと鈍だ、ダルだ。
乗り味も何となく大味。
全体的にフワフワしている。
これが高級車か?というくらい走行感が甘くトロイ。
矛盾するようだがそれがまた良い。

買ってすぐはこんな退屈なクルマはない・・・と運転にすぐ倦きてしまって何年もあまりドライブを好まず乗っていたが色々なクルマを試乗してみて我がクルマ、レクサスが「やっぱりこれがいい」なんて古女房に惚れ直す旦那さんと言った案配であらためてドライブを楽しんでいる。
中でも秀逸な装備はそのオーディオだ。
元々静かな室内に下手なホームオーディオも圧倒的に優れた音響技術は有難い。
音楽を聴くということが「運転しながら」で出来るのだから。
気に入った音楽を聴きながら目的もなくクルマを走らせていると、いつもながら一種の陶酔感が襲ってくる。
まさに至福のひと時だ。
こんな時は禁断のドリンクはコーラだ。
喉がジガジガするくらい一気に飲み干すとますます気分が高揚してくる。
どこまでも走ってゆきたい・・・なんて思ってしまうくらいだ。

そうしていつものように、さまざまな想い出、思いが次々とアタマい湧き上がってくる。
苦みも甘みも酸味もある色々な想い出が・・・。
それらを他人事のように観察しながら走っているとアッという間に適当に定めた目的地に着いてしまう。

バイクよりクルマの方が安全だと思い込んでおられるようだがそうとは限らない。
クルマについては何よりも油断というのが怖い。
殆ど何の警戒心も持たず何気なく運転している方が殆どなのではないだろうか。
その点オートバイ、とりわけリッターバイクなどの大型バイクに乗っているとその注意力、警戒心、用心のレベルは殆んどMAXに近い。
即ち最大限の用心をしてその2輪の運転をしなければならないのだ。
逆に言うと絶対的にバイクに乗る時は最高度の緊張と用心深さで臨まなければならないと言える。
神経は研ぎ澄まされ心臓は高鳴り意識は鮮明に・・・なんて言っているけれどもあまり緊張していると上手な運転はできない。
適度にリラックスして肩の力を抜いてハンドルを握り、心も体も柔軟に構え、あらゆる事態に備えなければならない。
一方でクルマの運転はとても気楽だ。
今は自動運転装置(前車速クルージングシステム)が我がレクサスにはついている。
しっかりと前を見てハンドルを握っておれば高速道路などでは黙っていても目的地に乗り人を運んでくれる。

さまざまな思いをめぐらせるのも良いがクルマの状態、ことに足まわり、サスペンションとかピッチングとかタイヤとかエンジンとかクルマの隅々まで意識を向けながら走るというのもナカナカ良い。
普通の乗用車としてはやや大ぶりの図体のデカいクルマを一人で走らせるという贅沢感がタマラナイ。

夜の暗い田舎道を抜け高速道路に上り、一路とりあえず都会をめざす。
繁華街を流すのも良し、ネオンきらめく街路に停めて行きかう人波を何も考えず眺めても良いしコンビニに寄ってコーヒーを飲むのも良し。
大人の遊び道具、イヤ遊びトモダチとしてのクルマの価値はやはり絶対的に魅力的だ。
時には簡易の宿にもなる。
こんな自由感を味わえる道具があるだろうか?

だから電車とか飛行機とかの旅は面倒臭くてイヤだ。
何よりもバイクとかクルマに乗って自由に移動する、行動するという喜びが棄損されてしまうから・・・。
だから本気で寝る前でない限りアルコールは飲まないようにしている。

ありがとうございました
M田朋玖



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