コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

[戻る]
■ おまかせ主義2026.10.13

「主義」という言葉は少し大袈裟かも知れないが、自分の人生を振り返った時に何でもかんでも「おまかせ」という言葉がピッタリ当てはまると自覚している。
逆に我をとおしたのは2回目の結婚と2回目の高齢者施設の建設くらいである。
割りと大きな決断である。

小学校・中学校入学、大学入学、医院開業。
一度目の結婚などなど・・・親まかせ、人まかせ、運まかせ・・・「他力本願」と呼んでも良いかも知れない。
自分で決めない、自分で行動しない、小さな決断も滅多にしない。
医者としてはともかく医院経営その他各施設の経営のことなど徹底して「人まかせ」だ。
経理も人事も銀行借り入れも各手支払いも報酬請求事務も外注もしくは事務方まかせ、殆んど一切「口出し」もしない。
ただただ毎日「医者仕事」に専心専念しているだけである。
それで結果として非常に「お気楽」で「ノーテンキ」なのである。

このスタイルがいつから始まったのかと考えると案外生まれた時からかもしれないなどと思う。
所謂「医者の息子」。
医家の長男として生を受け、親から自然的に「後継ぎ」の宿命を負わされた・・・そのことを殆んど何の苦痛や抵抗もなくスッキリ受け入れて、とにもかくにも医学部入学と卒業。
医師国家試験合格までは割りと一生懸命努力もし、勉強もして来た。
それでも全体として人生全体が「親まかせ」の感は否めない。
こんな風な人生だったのであまり物事にこだわったりとらわれたり所謂「我をとおす」ことをしない癖がついてしまって何事においても部下やスタッフや周囲の人に「良きに計らえ」といった按配で、全くもって「極楽蜻蛉」も「顔なし」といったレベルであるの「おまかせ主義」なのである。

今さらこの「方針」を転換するつもりもない。
このまま人生を全うしてしまうに違いないと踏んでいる。
この「手法」「生き方」に問題があるとすれば組織のトップとしての決断を迫られる時であるが、これは易占いにもあり最近は人に相談などせずに自分の意志で決断するようにしている。
このあたりはそれなりに心得ていて、それほど優柔不断ということはない。
我ながらさまざまな知識情報を持っている為かも知れない。

こういう生き方は一見ひどく呑気でeasygoingにも見えるし、実際にそのとおりである。
余計なストレスからフリーでいられるので健康上も好もしいと考えている。
超富裕層の人々が衣服の選択を避ける傾向があって興味深い。
選択は心の疲労の原因と捉えておられるようで・・・。
例えばフェイスブックのマーク・ザッカーバーグのグレーのTシャツ。
アップルのスティーブ・ジョブズの黒のタートルネックに濃紺のジーンズという独特で固定的ファッションなどこれらの特徴の典型例である。
筆者の場合、そういう選択と決断はストレスと言うより「楽しみ」であるので敢えて「決めて」いない。
即ち色々な衣類を着まわしている。
それなりに流行も追っている。
一方でそれより何よりその他の重要なモノからささやなモノまで一様に「おまかせ」であるので非常に個人的に気楽であり殆んどストレスがない。

「気楽」という言葉が頻出しているが、これは筆者の人生生活の信条であるのでこのことを「達成」する為に常に腐心しているとも言える。
「気楽」の為の「おまかせ」というアイデアは或る意味とても理に適っていると思える。
筆者の同年、同級生で急死したり突然死したり自殺したりする男達が何人かいるが、それらの友人達に共通している特徴として「人まかせ」に出来ないというのが存していた・・・らしい。
特に仕事における損得勘定や売り上げの減少や損失の多寡にひどく敏感で、それらについて悩みつづけ結果として色々な原因があるにしても「死」という顛末に至ったのではないかと勝手に邪推している。
筆者の場合、詐欺乗っ取り騒動があり法人で数億円、個人でも数千万円円の損失を被ったが、精神的には全く動揺しなかった。
負け惜しみではなくこれは真実である。
これは筆者の生き方「おまかせ主義」のおかげ、結果と思えるし、そういう事態に立ち至ったのは自らの不徳の結果であると受けとめているので特に嘆きや悲しみや落込みも無かった。
それにまだ死にたくは無いので当分の間、この「おまかせ主義」はつづくと思える。

筆者のおまかせ主義もその中身は結構深いのである。
基本的に自分自身の天運と信じているし、何か大いなる存在に「守られている」という深い実感があってこその「おまかせ」なのである。

ありがとうございました
�M田朋玖



濱田.comへ戻る浜田醫院(浜田医院)コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせいよくある質問youtubeハッピー講座