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| ■ 恋医者事始(4) | 2026. 8.12 |
老いらくの恋。 この言葉は筆者の最も嫌いな類の上位に入る。 そもそも「恋」に年など関係あるのか・・・と。 若い時からそう考えたし、ドイツの文豪ゲーテなどは堂々と若い娘に秋波や恋文を送ったりして周囲の顰蹙を買ったりしている。 彼の人(ゲーテ)については日本の作家・塩野七生などはハッキリと「醜い」と断じている。 私はそうは思わない。 レオポルド・ストコフスキーというオーケストラ指揮者は90歳近くなるというのに40代の妻に浮気癖の酷さを理由に離婚を申し立てられたが、逆に喜んだそうで理由が奮っている。 また再び自由に色事にふけれる・・・とのこと。 呆れ返る色欲の強さだ。 年老いてもその方面で「お盛ん」だった人物に映画俳優兼監督のチャールズ・チャップリンがいる。 画家のパブロ・ピカソもそうだ。 こういう男達を数え上げたら著名人だけでもキリが無いくらい「いっぱい」おられる。 さて筆者の場合も日本の作家・渡辺淳一先生の教えどおり老いても尚その道(色恋の道)を真直ぐに歩いている・・・という自覚がある。 件の先生の言では「年甲斐も無く」そちらの道を「恥も外聞も世間体をもスッパリ捨て去り堂々と歩め」と述べておられ、筆者も大賛成である。 この世で女性ほど美しく面白く愉快な存在は無いと真から思っている。 それでこの女性賛美の極致が色恋なのであるからこれは人生における老境の「悦び」の極みで、その他が全て「暇つぶし」に堕しているとさえ思うのだ。 結果としてまだ若かりし頃・・・それは60代半ばには個人的には最も深い恋愛をして、まさかとは思ったが婚姻の契りまで結ぼうとした女性・・・30代さえ実際にいた。 残念ながらこの関係性は諸々の事情から破談になったのであるが、このことに対する未練たるや「女々しい」というレベルをはるかに超え、4〜5年内は心の中で「泣きどおし」であった。 最近になってこそその「傷」は癒えたが、その苦悩・煩悶たるや我ながら「見苦しい」とさえ思えるほど実に「情けない」。 色気が強いとあらためて強く認識した次第である。 さて70代になってそれが衰えるかというとそういうことは全然なく、好きな女性が我が人生に登場すると何もかも忘れて・・・という程ではないが少なくとも世間体と節操は忘れてしまって「その事」に自然と邁進する始末。 これは手に負えない「病」のようなモノだと今さらながら割り切っている。 ところで常々思っていることであるが、先述したようにこの現世で最も美しい存在というのは「女性」だと心から思う。 花や風景などチットモ綺麗だとは思わない。 星空だけは違うけれど・・・。 普通の日本の田舎で見られる夜空の星々のきらめきはナカナカのものである。 東京や大阪など大都会に行くと星が見えない。 そこには暗く灰色にたれこめた暗鬱な空の「天井」があるだけである。 そこで件の住民達は満天の星空の替わりに「タワマン」と称する高層のマンションに住まわって「夜景」という人工の「星の煌めき」を求めるのだ。 また都会に行くと美人が多いかと言うとそうは感じない。 こちら九州の鹿児島、熊本、宮崎、福岡などに美人が多い気がする。 そもそも女性の数が多いのでそのような傾向があるのであろうか。 そういう訳で東京出張など少しも楽しくない。 ヤレヤレ。 ありがとうございました M田朋玖 | |

