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| ■ 恋医者事始(2) | 2026. 6.25 |
19歳の夏。 或る喫茶店の裏に止めていた自分のクルマに乗り込もうとすると声をかけられた。 染めてもいないのに自然なハシバミ色の髪と白く透明な肌を持った18歳の女の子だ。 地元の音楽大学に通っている。 「ドライブしよう」 明るく微笑んだ大きな瞳がひどく可愛らしい。 日産サニー1200GX。 緑色メタリックのクルマは両親が「オートバイに乗らないよう」にと買ってくれた。 新車だ。 医者のバカ息子の面目躍如。 浪人中なのに勉強もせず遊んでばかりしていた頃だ。 いきなり大分市までの長距離ドライブ。 その市の南丘の団地に自分のアパートがあった。 その布団以外、家具らしき物の無い部屋で彼女を抱いた。 それは10年間の遠距離恋愛の始まりだった。 それ以前に「付き合っていた」同年の女性は身持ちが悪く、浮気性のうえにそれほど美しくもなく即別れた。 何故か自宅に実兄と乗り込んで来たが、父親の一喝で素直に引き下がった。 その美しい女性ナオミさんの母親の差配で彼女の自宅の近くに古びたアパートを借りてくれた。 その時に飲酒運転でアパートの近くの交差点の角のタバコ屋に突っ込みクルマを大破させてしまった。 廃車だ。 件のアパートでくすぶっていた19歳の春、2月頃だった。 母方の祖父と母親が訪れて大学受験を勧められた。 東海大学医学部。 近々福岡の付属高校で試験とのこと。 固辞していると母親が初めて涙を見せた。 それで不承々々受験した。 合格。 その年の4月に晴れて医学部入学となった。 今思えば奇跡だ。 実に有難いことであった。 出発の時。 熊本駅までナオミちゃんが見送りに来てくれた。 当時警察官をしていた父方の叔父(横浜市在住)の家に身を寄せ、神奈川県の平塚市にある「東海大学湘南キャンパス」まで電車通学をした。 毎日酒を痛飲して電車乗り換えをせず新宿駅まで乗り越してしまい半年でアパート住まいとなった。 ナオミちゃんとはいきなり遠距離恋愛。 それでも何とかお金を捻出し飛行機のスカイメイト(21歳までの割引)を利用したりして熊本市の彼女の自宅に「帰省した」。 時々彼女が平塚に来てくれて1週間ほどアパートの自宅で一緒に過ごした。 勿論、夏休み、冬休み、春休みは殆んど毎日のように遊んで過ごした。 勉強道具をドッサリとクルマに積んで・・・。 それでも学生時代の後半になると大学の地元で彼女が出来た。 マリコさん。 5歳下の背が高く体格の良い活発な女性。 それほど深い付き合いでは無かったと思うが友人達と長野県、彼女の友人のいる小諸市に旅行した。 思い出してみるとナカナカ素敵な女性だった。 「愛してるヨ」が口癖で、よく一緒に酒を飲んだ。 出逢いは行きつけの中華料理店。 時々アルバイトに来ていたので仲良くなった。 卒業しても研修医として大学にしばらく残ったが、実家の医院を継ぐように言われて帰郷した。 昭和57年6月のことだ。 ナオミちゃんとは10年越しの付き合いとなったが自然消滅した。 彼女に年下の彼氏が出来た。 それとは別に短い研修時代に二人の看護師さんと短い恋をした。 あっという間に終わり、まるで線香花火。 独りの女性は帰郷してからも逢い、今でもその淋し気な面差しと豊潤なカラダを思い出させる。 我なが「女出入り」が激しいとつくづく思う。 こうして書きつづるとそのことが如実に浮き彫りになる。 つづく M田朋玖 | |

