コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 芸術・・・生きる「よすが」2026. 4.13

自分自身の心に現在生きている現在生きている最大のモチベーションを問うた時、我ながら驚くべき「結論」を得て心底ビックリしている。

それは決して人に誇れるような高邁な理想や思想などではなく、個人的な感覚ではごくごく低俗なレベルの低い欲望に根ざしており自分のコトながら「情けない」と思う一方でそのことをひどく「愛おしく」思える自分もいてこれまた驚倒している。

生きる「よすが」の殆んど全てが「そのこと」に収斂していて見事なほどである。
呆れ返るほど「ソレ」であることが天晴れなほどで、この後の人生設計において究極の「時間管理」をするべきと思うが決して「そのこと」が公に出来る類ではなく、社会的な表面ヅラはそのことを「おくび」にも出さず平然と紳士ヅラをして生きている訳で、この「落差」「自己矛盾」「自己乖離」に時おり強く悩まされるが、或る意味「そのこと」以外全て人生の「時間潰し」と割り切って心底では極めて無責任に放埓にして毎日を生きている。

さて「そのこと」であるが、個人的には強烈な「芸術性」と「美」の探求と意識される。
このように述べるといくらか高尚に思えるがそうとしか表現できない。
「美」と「芸術」
これに優る人生の妙味という類が他にあるだろうか。
自らの美意識を追及し充足させることが出来なければ「死んだほうがマシ」と思えるぐらいで、このことは公言できないが最近ではそのことを発見して「そのこと」への「こだわり」が殊更に増しているのを感じる。

この「芸術性」とか「美意識」という類を発揮する仕事に就きたいと昔願ったことがあるけれど今はそれほど強くは思わない。
それは「そのこと」を追求する根性が無く「そのこと」を気軽に楽しめる「今の生活」に心から満足しているからで、日常のあらゆる場面で自らの「芸術性」と「美意識」を心おきなく「追及探求」できるだけでなく純粋に「楽しめている」という現実があるからだと思う。

結果的に朝から晩まで生活そのものが「ストイック」で「自己鍛錬」的で「カッコつけている」状態で、これは「他人の目を意識」したモノではなく明確明瞭に「自己満足」的な類であるので他の人には全く気づかれていない。

「芸術というモノが人生を豊かに活性化」するというコトに気づいたのはごく最近で理想の職業として選ぶなら・・・。
画家や音楽家も良いが「総合芸術」としての「映画監督」が理想だ。
自分を主演させる映画製作、映画監督という誠に幸せな人間がハリウッドスター達の中にいるが、個人的にはあまり羨ましいとは思わない。
それはその芸術作品が自分の感性に殆んどマッチしないからで、そういう意味ではドイツの巨匠「ヴィム・ヴェンダース」や日本の「小津安二郎」「黒澤明」イギリスの「アルフレッド・ヒッチコック」などは強く素晴らしいと感じる
自分の感性にマッチするという意味で。

しかしそれより何より自分自身の日常生活、人生・・・それらの全部を一編の素晴らしく美しい芸術作品だと仮定して、最近色々と工夫し努力している。

この作業は実に心楽しく愉快であり、自分自身をいたく「活発」してくれるのを感じる。
繰り返しになるが他の人に「見せる」為では決していない。
自分が自分を見て・・・自分の作品(毎日の生活)を見てしか評価の基準は自分の感性以外に無い。
結果、非常に毎日が気楽であるばかりでなく、純粋に「楽しい」と感じる。

「自分を客観視して楽しむ」
このことは「矢沢永吉」という音楽界のビッグネームの著書「成り上がり」にもあったような気がする。
彼こそ或る意味「理想の人生」の具現者と思える。
しかし自分が替わりたいとは決して思わない。
自分は自分の「芸術」に心から満足している。ここしばらくはこの芸術の完成に向けての活動は止まらない。
それこそ生きる「よすが」なのだから・・・。

ありがとうございました
M田朋玖



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