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■ 映画「35年目のラブレター」を観て | 2025. 4. 3 |
笑福亭鶴瓶主演の日本映画である。 共演は原田知世。 50歳代になってさらに美しくなったように見えた。 年齢がひとまわりその魅力をupさせた・・・と個人的には感じる。 物語は色々な事情があって小学校にまともに通えず、はからずも「文盲」としての人生を歩まざるを得なかった寿司職人の半生である。 それでも一生懸命働いたお陰か素晴らしい良縁を得て心も容姿も浮くしい伴侶をめとり、子宝にも恵まれ、幸福な人生を後半生に(60代)に「妻へのラブレターを書きたい」と一念発起して小学校の夜間学級に入学するという決断をし、無事卒業・・・という、まあ或る意味社会派のホームドラマなんであるが、内容的にはそれぞれの役者さんの演技やら脚本やらキャスティングの良さもあってジワーっとした感動の涙を流すことができる。 文盲の人達のご苦労というか不便さというか人間社会を生きてゆく上では「読み書き」が出来るというのはどうやら必須条件のひとつであるらしい。 文字を読めてついでに書くことが出来るなんてこんなに素晴らしいことはないと思うのだけれど・・・。 「ラブレター」なんてその最たる類であろう。 愛する人に・・・それも長年連れ添った配偶者に愛と感謝を文字(言葉)で伝えるなんてとても素敵なことに思える。 それで今またせっせとこのコラムを書き、この喜びを敢えて感じようとしている。 以前はいくらか苦痛の混じっていたこの「文章を作る」という作業が何やら心愉しいカルテ書きもそうだ・・・ついでに・・・。 毎日の読書・・・カルテ書き、各種の書類、紹介状、診断書等々最近は素晴らしく楽しい。 近々には電子カルテが義務化されるそうだが、この「楽しみ」「喜び」が損なわれるかも知れない・・・と言う懸念が少しある。 パソコンのkeyを打って書く文章もそれほど嫌ではないので何とか乗り切れるとは楽観視している。 電子カルテの問題も。 いくつになっても「学ぶ」ということの大切さをあらためて痛感させてくれた映画作品であった。 年齢が高くても受け入れてくれる学校があるなんて知らなかったけれど、映画では奈良県らしいから文盲の人なら一度尋ねてみたら良いかも知れない。 学問というモノは人生を有意義に楽しく生きる為の秀れたツール。 言葉や文字という類は非常なパワーを持ったマジックなモノと考えられる。 これらに触れて(書物や映画などで)それらを善用することこそ実り多き人生の最良最善のコツであろうと思える。 ついでに中国では「知識人」のことを「読書人」と呼ぶらしい。 日本語における読書人・・・「本を読む人」・・なのではなく「読み書きの巧みな人」を指すのではないだろうか。 共産党の最も身分の高い人を「書記長」とか「総書記」と呼称するではないか。 つまり「書き記す」人というのは無条件に偉い・・・と言うか「書き記す」という行動が素晴らしくパワフルであることの証左なのではないだろうか。 我々一般庶民もドンドン物を書き記してこの溢れんばかりのパワーを身に付けようではないか。 何しろ言葉は人生の魔法。 それを書いた文字がいかに強力なチカラを発揮するのか。 江本勝とう人の著書で「自らの伝言」は有名である。 その真偽は定かではないが生卵の実験で、一方には「バカ」とか「クソ」とか「アホ」とかの言葉をかけ、もう一方には「好き」とか「楽しい」とか「しあわせ」とか「ありがとう」とかの言葉をかけたところ後者は普通に腐らず芳香を放ついかにも清げな物質に変化したとのこと。 「水からの伝言」・・・良い言葉によって水の結晶が美しく整うことが写真で提示されていて実に「真しやか」である。 いずれにしても読み書きの出来る我々がそのパワー、使わない手は無い。 ・・・とあらためて考える。 ありがとうございました M田朋玖 |