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■ 春寒 | 2025. 3.14 |
2月も下旬になり週末は3月だと言うのに寒い日がつづいている。 カラダの方は随分と慣れて防寒衣類・・・極暖ヒートテック等でさして寒いとは感じない。 有難いことだ。 個人的には一年の間で最も好きな時期である。 希望と光に満ちた春先。 この寒さでさえ愛おしいと感じる。 例年どおり最悪は11月から12月だ。 誕生月ということもあるのだろうか。 何かしら凶事が多い。 相変わらず国政の不始末が水面下で進行している。 所謂オールドメディアでは一切報じられていないが・・・。 あの大失敗だった日米首脳会談・・・石破茂―ドナルド・トランプ・・・でさえ成功だったと報じられているらしい。 誤報も良いところだ。 世界中の国々で政府中枢部の大変革が起こっているらしいがちゃんと報道されているかどうか怪しい。 流石に「風の時代」らしい。 物質の世界が終焉しようとしているようだ。 モノ・カネの人々の凋落が始まるのであろうか。 精神性の高い高貴で高尚な人々の時代がやって来たような気がする。 これは身内の心の奥底から感じるモノで確たる証拠やエビデンスがある訳ではない。 自分自身がモノ・カネに殆ど関心が無くなった・・・と感じる。 これはトシのせいばかりでは無いと思える。 年齢と共に益々業欲になる人間の物語は古の時代から世界中に溢れ返っている。 春の寒さは冬の名残りなどでは無いのだ。 それは春夏に向けた跳躍を前にした屈曲の季節なのである。 この寒さをしっかりと味わいたいと思う。 オートバイのハンドルを握る手の「かじかみ」、入浴後の身震いするような廊下の寒さ。 夜の外出の顔を撫でる風の冷たさ・・・いずれも春夏には決して味わえないのだ。 それは秋の寒さに比べ心を芯から「冷え込ませ」たりはしない。 それは春の暖かさを予兆させる百花繚乱の心浮き立つ季節への序章であるのだ。 少なくともそう考えるだけでも心楽しい。 光あふれる日中の眩しい家々の煌めき、山影の青の薄らぎ(春霞)、少しずつ緑色の増した木々の小枝。 ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ 春の喜びを謳いあげたクラシックの名曲も多い。 筆者のイメージの中では小津安二郎の映画も「春」だ。 日本人の生活・文化の美しい部分を抽出して描いてある同監督の作品はどれも心を「春」のように浮き立たせる。 美しい会話、美しい所作、整えられたオーソドックスな身なり・・・戦後間もない作品なのにその暗い影を敢えて隠して日本国の明るい未来を感じさせてくれる。 ところで30年間つづいたとされる日本経済の停滞。 今現在それらの原因が明らかにされ、抜本的に改善されようとしている。 少なくともそういう方向に社会が動いているように見える。 筆者の勘違いかも知れないが、今まさに長い冬(30年間の経済沈下)を終えて明るく暖かい春・・・経済成長・・・を迎えようとしているのかも知れない。 その兆しはまだ見えないが少なくとも現体制の崩壊が始まろうとしている。 ありがとうございました M田朋玖 |