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■ ヤマサキ4(小説) | 2021.10. 8 |
或る晩。 午後8時頃だ。 喫茶店「仁」のカウンターでヤマサキを中心に俺達4人はいつものようにコーラを飲んでいた。 ハイライトを喫いながら一人3本くらいはその瓶を空けていた。 メズラシク、ヤマサキはタバコを喫わないでいた。 何かに備えるように用心深く背後を気にしている風である。 勿論、後ろを振り返る訳では無かった。 それにヤマサキの普段と違う態度を訝しく思いながら店のアルバイトの金髪短髪の女の子や長い白髪をポニーテールにしたマスターと笑い話に興じていた。 俺は時々勉強道具を隣席に置いてチラチラと時間を見て目を通していた。 これでもK大学の医学部を目指していたのだ。 受験を3ケ月後に控えていた。 タバコを喫うと集中力が増す気がする。 母親の言葉によればタバコは「性欲を抑制する」作用があるらしいが、実際は勉強の成果を得る為にしぶしぶと息子の喫煙習慣を黙諾していたようである。 そんな時でもヤマサキは殆んど口を開かず、時々マスターに短く冗談を呟いてみんなを笑わせた。 それで2時間ばかり駄弁と喫煙とで過ごしヤマサキが立ち上がりかけたそんな時にいつの間にか素早くカウンターの背後にある二組の狭い4席のボックス席に「鑑別所」がもう一人の剣呑な表情の「ハリガネ」のように痩せた男を引き連れて陣取った。 「ヨウ」 右手を小さく上げて挨拶をよこしたようであった。 不気味なウスラ笑い相変わらず。 服装はどこかの組・・・右翼かヤクザの組織らしい・・・おそろいのダブダブの迷彩色の「戦闘服」を身にまとっていた。 肩に名前とロゴが小さく縫い込んであったが何という文字かは不明だった。 「帰るんか!?」と呼びかけた瞬間に短い「ドス」を腰に据えた鑑別所がヤマサキに突進して来た。 反射的に、咄嗟に思わず庇おうとした「俺」を突き飛ばしヤマサキは横腹にドスを受け反撃のカウンターパンチを「鑑別所」の腹部に打ち込んだが、ひるまず「ハリガネ」が加勢をして二人がかりでドスを腹部に何度も沈め入れた。 俺達3人も加わり店内は乱闘になったが血まみれになりながらヤマサキは腹を抑えながら急いで店を出て路上で5人で揉み合ったが数十回の刺創から大量の血液が流れだし、口からもゴボゴボと血反吐をはいた。 それでもその類稀な運動神経でドスの切っ先をかわし取りあえずはその場を走って逃げた。 夜の店、ネオンの看板の立ち並ぶ小便臭い裏路地を一人駆け抜けて行った。 逃げ足も早い。 猫のように敏捷であった。 しばらくして遠くで救急車のサイレンが鳴っていた。 俺達も逃げた。 あてもなく逃げた。 そしてヤマサキの安否を心配した。 「どうなったんだろう」 「死んだのか」 胸中を不安がよぎる。 翌日学校に行くと予想どおりヤマサキも「鑑別所」も欠席であった。 夕方になり担任がクラス全員に残るように伝えにやって来た。 ヤマサキの好きな「体育の授業」の準備でそれぞれエンジ色のジャージに着替えている。 「山崎賢一君が昨晩亡くなった」 「事情があって転校生も退学になった」と。 俺はそこですぐにこの一連の出来事の全てを諒解した。 ヤマサキは守ったのだ。 学校と担任と・・・そして俺達の生命を・・・。 そのことを思いながら涙が頬を伝うのを仲間達が不思議そうに見つめていた。 ありがとうございました M田朋玖 |