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■ ヤマサキ3(小説) | 2021.10. 6 |
ドライブの進む方向と目的がどうやら決まっているらしかった。 ヤマサキはいつものように無言で後部座席の左端に腕を組んで坐り三日月の夜空を見上げていた。 同じ性質が伝染したのか運転手も黙々とハンドルを操作した。 隣市である港町の漁港に俺たちの乗るライトバンの海に向かって停められ前照灯が消されると瞬間的にあたりは中秋の深い闇に包まれ、漁船の横腹や岸壁に打ち寄せる波音以外に大した音もなく不気味な静寂に満たされていた。 いつの間やって来ていたのか闇の中から「鑑別所」が古ぼけた自転車を軋ませて現れた。 角いがくりのアタマは大きく身長は160cmほど。 ひどく不格好でみすぼらしい身なりをしていた。 元の色の分からない白っぽい開襟シャツ、ギャバジンの黒い学校の制服のズボン。 それも短くしてくるぶしがツンツルテンに丸出しであった。 8人だか9人だかの兄弟がいて、父親は無く母親が土工で生計を立てているということであった。 「鑑別所」も時々働くらしい。 どうやら「決闘」の真似事をするらしい。 意外にも「呼び出し」たのは「鑑別所」の方だった。 どういう手筈か知らないが恐らく自宅への電話であろうか。 「ビビって来ないかと思ったヨ」 口元に不的なウスラ笑いを浮かべて誰に言うことでもなく呟いた「鑑別所」。 いきなりヤマサキの飛び蹴りが頭部をとらえコンクリートの上に叩きのめされた「鑑別所」。 その一撃が奏功したのかしばらく起き上がれない。 それでもゆっくりと立ち上がり「ぎょうさん子分ば連れて来てよっぽど俺がオソロシカッタばいネ」とふてぶてしく両腕を脇に垂らして相変わらず軽口をたたいた。 またもやヤマサキのチョーパン(頭突き)。 再び「鑑別所」がのけぞって倒れると腹部や背中をやみくもにヤマサキの鋭く素早い蹴りが入った。 メズラシク妖気の立ち昇るような「怒り」の滲んだ表情・・・吊り上がった眉で凛々しく月光に照らされ「美しい」と感じさせる横顔に魅せられた。 その残酷な暴力にもかかわらず・・・・ 両腕を踊るように振りながら打ち込まれる足蹴りは衝撃が大きくボロ切れのようにコンクリートの地面をのたうった。 俺達ものその「私刑」もどきの暴行に加わろうとすると声を荒げて「やめろ!!」と強く制した。 流石の「鑑別所」にもボクサー並みの先制攻撃の嵐にはかばかしくなかったものの自らの戦況は根をあげて「許し」を乞うということはなく、むしろその暴行を嬉々として受け入れている風であった。 自ら開いた戦いの火ぶたもその顛末は火を見るより明らかであった。 完敗。 ヤマサキのケンカの巧みさと強さを市内の高校で知らぬモノは無かった。 それを知らぬ「無鉄砲さ」はまさしく「盲蛇に怖じず」ということなのか。 それでも「鑑別所」の健闘は称えなければなるまい。 何度も立ち上がりかけた「鑑別所」の顎に放り込まれた最後のアッパーカットで完全にノックダウン。 意識を失って倒れている「鑑別所」をそのままにして俺達はライトバンに乗り込みタイヤを軋ませて件の漁港を後にした。 俺としては「敗者」の状態・・・少なくとも生死の判定くらいはしておきたかったので。 ヤマサキもその運転手も慣れているのかそれらをせず平然としていた。 ・・・「殺人の共犯」・・・という恐怖が脳裏に浮かんだがすぐに忘れ、そして山沿いの町にある温泉場の旅館に行き湯浴みをしてコーラを1本ずつおごってもらって飲み帰路に就いた。 |