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■ 夜間飛行4(小説) | 2021. 9.22 |
眼下に広がるロンドン郊外の住宅地の家々は規則正しく直線的に並べられたペーパークラフトの塩梅。 それでもどちらかと言えば目線を癒やす類であった。 ヨーロッパの風景然として。 帰路はロンドン・ヒースロー空港経由。 英国航空の間延びして聞こえる「容認発音」(クイーンズイングリッシュ)で英語が聴き取り辛い。 “・・・Thank you” ヨーロッパ滞在3日という旅行日程はメズラシイけれど無理矢理にチケットを手配して貰って帰る算段をしてとりあえず機上の人となった。 ホッと一息ついて眺める早朝の英仏海峡は白くなだらかな海岸線に縁取られどこかなまめかしい。 昨夜の・・・というより今朝の明け方までの「熱い夜」が思い出される。 「着痩せ」するタチなのか日本人らしいやわらかい「絹の肌」の感触や残り香の記憶が全身の痺れるような感覚と共にまざまざと思い出される。 そして寝不足の辛さを独特の高揚感が麻痺させ、どちらかと言うと虚脱と満足という相反した気分に浸っていた。 それでいて白人のキャビンアテンダントのなまめかしい腰つきがいつもより鋭く脳髄を射て落ち着かない。 相手の女性が既婚なのか未婚なのかバツイチなのか愉快なことに全く記憶していない。 再度、眠剤の「せい」ということで得心した。 「やよい」「やすこ」・・・ウーン。 アタマを抱える。 まさしく脳震盪だ。 そもそも本名かどうかも不明だ。 思わずあらためて貴重品に手をやる。 その存在をスーツの内ポケットに確認すると上着のポケットに紙音がする。 それはホテルのデスクのレターセットに書きつづられた「メモ」だった。 『よくお休みでしたので・・・×××−××××−××××』 電話番号が記してあった。 奎五の口元にニヤリと笑みがほころんだ。 そして反射的に周囲を見まわした。 何ともありがたい「お土産」があったものだ。 どこの誰かも知らない「行きずり」。 これは実のところ苦手であったのに・・・。 ・・・かと言って「金銭のやりとり」もしたくない。 それらは全て「快楽を損壊させる」というのが奎五の信念であった。 単なる思い込みでも男女間には純粋に「思い」と「欲望」だけで埋めて置きたい・・・。 図らずもそれが海外一人旅で転がり込んで来るとは。 経験的にはこの展開は全く不透明だ。 スッパリと何も望んでいないようにも思える。 お互いにそんなことを考えていると飛行機は朝のヒースロー空港に降り立った。 空港ロビーの中央にある「スシバー」で高価な寿司を二切れ。 ビールを味わって飲み「カフェ」に立ち寄ってウイスキー。 スウェーデン人の二人組の女性に声をかけて一時的にカタコトで会話した。 どうやらカナダに行くらしい。 「Take me with you!!」 「please」 チトこれはやり過ぎた。 寝不足にクスリで「ラリってる」状態と自己判断。 そのままラウンジでしばしの仮眠を取ることにした。 後は成田までひたすらsleep、eat、sleep、sleep、eat・・・」 16:00のフライト。 人工の「夜」はまさしく「夜間飛行」の呼称にふさわしく極めて冒険的な南米の山脈を飛んだ郵便飛行機などよりはるかにピッタシだ。 パリの夜。 まんざらでも無い。 トイレに立ったのでついでにCAに隠れて、キャビン最後方のサンシェイドを小さく開けて仰ぎ見た満天の星空が自分だけに微笑んでいるように見える。 世界に只一人。 地球上の高層の大気を切り裂いて飛ぶ金属製の羽付き長筒は天空を舞い踊る鳳凰の飛翔のようで、さらにまたゆったりとくつろいでたゆとう夜鳥の乱舞か。 常夜灯の替わりか規則正しく点灯された足元の光を頼りに自席に辿り着くと極甘の睡眠を思う存分むさぼる為に毛布にくるまった。(完) ありがとうございました M田朋玖 |