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■ 夜間飛行3(小説) | 2021. 9.19 |
丁度、午前0時。 枕元のデジタル時計に「0」が並んでいる。 「今頃なんだ」 坂元は眠気と酔い醒めの不快感の為に少しく気色ばんだ。 そしてルームサービスを頼んだかとボンヤリとしたアタマで思い出そうとしていた。 睡眠薬で寝呆けてそういうことを「しでかした」ことが過去にある。 「もしもし」 やや調子の低い声を受話器に押し込んだ。 「こんばんは。お休みだったでしょう?」 女の声だ。 日本語。 日本人。 「あ〜」「先ほどはありがとうございました」 いつもの習慣で口が滑った。 「あらためてお礼が言いたくて・・・」と彼女。 「・・・というより少しお話しできませんか?」 一見清楚な見かけより積極的な女性だ。 夕食を一緒にした母娘の勿論「母」の方だ。 心の中は何やら下心めいた期待が自動的に膨らむ。 ヤレヤレ。 坂元奎五にはこういう「事件」が多い。 大昔から・・・。 中肉中背の欠点の無い容姿。 「女性に安心感」を与える「男」だと或る年上の女性から断じられたことが何度もある。 本質は「軽い男」なのかも知れない。 どうやら夕食の時フロントでルームキーを貰う時に部屋番号を覚えられたようだ。 遠い異国の地でアルコールを飲み、いくらか開放的になったのだろうか。 とりたてて断る理由もないので「睡眠薬を飲んでますけど良いですか?」と応じた。 「まあ、そうでしたの?」「私は構いません」 「それじゃロビーで10分後に」 ジーンズに明るいグレーのセーターで降りて行くとまたロビーには人影がなくフロントマンが仰向いてデスク作業をしている風にこちらを向いて小さく微笑んだ。 「ボンソワ」 とりあえず挨拶。 色々な意味で味方につけておきたい面子だ。 ・・・しばらくすると淡いクリーム色のワンピースで件の女性がエレベーターから現れた。 夕方見た時より華やいで、さらにくつろいで見える。 一人の気軽さだろうか。 黒い艶のある髪は肩まで。 身長は160数センチほど。 ヨーロッパで見ると顔の陰影が薄く目立たないがよく見ると肌も白く全体に地味だが顔立ちが整っている。 殆んど個性という類のない容姿。 そして「美人」と言えるかも知れないが、大方の日本人女性らしく「痩せている」。 秒殺で女性の目利きをしてしまう。 自分を少しく情けなく感じる。 まあ仕方がない。 「男の本能」。 「今の時間だとカフェも開いていませんネ」 ロビーの椅子に向かい席を得て腰をおろすと同時にいくらか不穏当に響く言葉を発した。 小さな編込み模様の茶皮のバッグを膝の上に置いて「ええ」とうなずいた。 銀色のネックレスが小さく揺れている。 まるで数年来の知人のように馴れ馴れしい口を利くのもアルコールと睡眠薬のおかげに違いない。 そういう「自己言訳」が心を強くしたのかさらにつづけて「・・・ということになると・・・」「部屋で飲みなおしますか?」と思い切って口走ってしまった。 ヤレヤレ、またか。 「女癖が悪い」という評判はこんな言いまわしに出るのだ。殆ど会話の無い「あうん」のコミュニケーションが、心地よい。結果など、どちらでも良いのだ。 大学を出て家業を継ぎ地元の青年会議所に入り全国を巡って身についた如才の無さも「女好き」と大袈裟に周囲から吹聴されるのだ。 断わられると思わなかった。 白っぽいワンピースと赤いルージュが「その」準備を物語っていたのだから。 それほど「無粋」な男ではないとの少なからずの自負もある。 「旅の恥は掻き捨て」とは言うけれど、殆んど好みとは言えない地味系の痩せた女性を自分の部屋に通して鍵を閉めた。 |