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■ 夜間飛行2(小説) | 2021. 9.15 |
腕時計を見ると午後6:30。 純白のバスローブをはおったまま訝しげに顔を斜めにしてドアの外を見やると母親は40代ぐらい。 中学生かなと思えるホッソリとした少女が母親の後ろで仰向いている。 「今晩は」 「失礼かとは思いましたが夕食に連れて行って貰えませんか?」 その夜はパリ滞在2日目。 ツアー客とは全く接触はない。 いつもどおり「無観光」の旅なので「仲間」かどうかも定かではなかったが、恐らく「ツアーの仲間」なんだろうと自然な笑顔で二人をそれとなく観察した。 「分かりました」 「ロビーで待っていて下さい。準備します」とためらいなく応えていた。 ヨーロッパや米国では当時女性だけの夕食は何とはなしに憚られていたものだ。 その辺りは直ぐに察する性質。 あまりに率直な申し出に少々面食らったが、その勇敢さに免じて付き合うことにした。 急いでシャワーを浴びて黒いポロシャツに紺のスーツをはおってロビーに降りた。 ロビーには他に人気がなくフロントの前のコーナーに据えられたテーブルと件の母娘がソファーに浅く座して大人しく待っている。 「どうも」 「それじゃあ行きますか」 そのままホテルの玄関を出てすぐ正面にある地元のレストランに迷わず直行した。 電飾で「Bistro」と看板にある。 店内はほどほどの込み具合。 白人だけで日本人はいない。 ギャルソンに目を指先で合図して壁際の4人掛けに席を取った。 山盛りの野菜料理と肉。 観光客向けのエスカルゴとかも頼まない。 安くて量も充分。 大人二人はワインを2本空けてパリの庶民の居酒屋の憩いの料理で満喫した。 特に特徴のない普通の女性。 酔いがまわると「美人に見える」。 これは癖なので値引きする。 他愛のない日本語の会話。 すぐに隣席には黒人の女性と二人組の白人男性。 お互いをチラチラとこっそり観察し合った。 こちらは「家族」と思われたに違いない。 それくらい「あ、うん」の呼吸でスムーズに進行する楽しいディナーの時間。 同年と思われる母親に対しても特に興味関心が湧かないのは娘の存在だろう。 遠い外国、ヨーロッパのレストラン。 それなのに性的に感興を全く感じず、遠慮なくパリの大衆料理に舌鼓を打った。 思う存分。 「ムッシュー」 「ラディション、シルブプレ」 いくらか気取ってギャルソンに声をかけ自分のクレジットカードを渡して多めのチップをお札で握らせると笑顔のギャルソンが「メルシー」と返す。 海外旅行の醍醐味だ。 こんなやりとりがまた楽しい。 「ラディション」の「ラ」は「R」ではなく「L」ですよと丁寧に訂正してくれた。 これもまた「メルシー」と返す。 こんな風に「カッコーをつける」というのが習慣になっている。 娘の方の反応が目を少し見開きこちらを驚いたように見つめている。 大学時代は、フランス語を専攻。 「佐伯祐三」。これが、坂元のイメージする。フランス、パリなのだ。 ついでにフランス語会話の勉強も少ししておいた。 何事も準備しておくと「事」が楽しい。 午後8時半にはそれぞれホテルに帰り部屋に入った。 読書とうたた寝とを、繰り返し、あっという間に、深夜だ。午前0時のほんの手前。そろそろ入眠時間。クスリを飲んで、再びシャワーを浴び(これは「癖」)、ベッドに入った瞬間にホテルの電話が日本でのソレより長いリズムのコール音を流した。 「ルー」「ルー」・・・。 |