コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 災害報告2020. 7.18

7月13日(月)の今日、7/4災害からちょうど10日を経過した。
少しずつ全容が明らかになりつつある。
第一は行方不明者の方々の増加。
時間的に見て洪水という災害の性質からそれらの方々の安否は絶望的と見られている。
またゴミ、ガレキなど全体として「ゴミ」の処理の問題が早い段階から浮上している。
既存の市のゴミ処理場は、パンク状態で各サイズの個人や事業所の粗大ゴミ(家具や自動車、二輪車、電化製品など)一般ゴミの吸収が不可になり、市内の道路の歩道部分のすべてがゴミ置き場と化した。
また降雨しない時には細い粉塵が巻き上がって街全体がスモッグのように煙っている。
自衛隊の車輛がそのゴミっぽい道路を行き交う時、丁度アメリカ映画で観るイラク戦争の「態」で目に映じる。
廃墟となった小さな店舗や住宅の傍にゴミやガレキの山々。
これが被災地の姿なのだと思わず得心した。
ゴミとガレキの街。

一方、伝聞によると想像に反して避難所の生活はそれほど不快適ではないらしい。水と食糧に恵まれ寝床も段ボール製のソレで安眠できるとのこと。勿論元々の所得格差が、バラバラとは言えないのかも知れない。それぞれの身寄りや知人友人、親戚親族が、近隣に在すれば、簡単に移動出来るかも知れないし、裕福な人々は「住まい」を各所に持ち、可能ならばホテルという手もある。
また阪神大震災の時の車中泊、トイレでの汚物の山ということは無さそうで人口密集地でないことや、生き残った周辺地域という良環境の為に所謂「被災地」としてはどちらかというと恵まれているように見える。また被災範囲が比較的狭いという一面もあるようだ。また当地は温泉町でもあり市の要請て、被災者向けに罹災していない温泉施設の「無料開放」もなされているようだ。
所謂「ソーシャルディスタンス」も快適性に与している。

ちょっと郊外にあるパチンコ店など、殆ど満車で「どうなってるの?」と余計な詮索をしたくなる。
自衛隊も保健所も不眠不休で頑張っておられる一方で市役所の対応に市民のイライラがつのっているようだ。そのような意見をちらほら聞く。
今日13日は月曜日であるのに役所のサービスは正午までの受付。などと朝から市役所の広報車が、拡声器で繰り返している。挨拶抜きで。

まずは「おはようございまぁす」とか「皆さん今日も頑張りましょう」とかの言葉もあっても良いのてはないだろうか。そんなテンションは不謹慎だと考えておられるのだろう。
また周辺郡部地域では罹災証明の発行開始日が7月16日である一方で当市・人吉市では何と20日からとのこと。
この5日間はこの時期極めて「長い」。
まさしく「対応の遅れ」の典型例と思える。
勿論市役所の人々も罹災者もおられるし、限られた人員で頑張っておられるようで、ありがたいことではある。
またコロナ問題を引きずっておられて、各首長や県議や国議の方々はどこぞに「集められて」洗脳されたフシがあって皆さん一様に警戒感が解けない。テレビは毎日毎日飽きもせずに「コロナ、コロナ」で明け暮れている。日本国でこれほど感染も死者も少ないのに、バカの一つ覚えのように感染が何人です。とか、人口比率からすると極めて僅少な数字をあげつらって煽りまくり、これに乗じてパフォーマンスにしか「能」のない阿呆な某知事が調子に乗って、いちいちコメントする。誠に残念な光景をテレビで、見せられて、ゲンナリする始末。その人物を「次期総理」などと崇め立てる何人かの不届き者まで出現して、日本人の民度もこの程度かと、慨嘆シキリである。

今日(7/13)は安倍総理大臣の当地訪問があったとのこと。
市民は元気になり建設業者は「色めき立つ」。
数千億円規模の国費が投入され当地のインフラ整備、住民支援や援助に使われる。
これは実のところ極めて有難い。
何しろ地方には財源がない。
道路や橋の後は住宅修復や電気・ガスなどの設備事業が勃興し、しばらく復興景気が喚起されるかも知れない。
自動車や電気製品などの耐久消費財も新規購入しなければならない。
他の地域からそれらの関係者の集積・滞留者はホテル、旅館や飲食店などの活況をもたらす。またひょっとしたら「川辺川ダム」が復活するかも知れない。水害予防という大義もあるし、元々「本体工事」だけ。即ちダムそのものの建設だけ残して中止された訳で準備に投じた時間とお金は霧散してしまった。みごとに。これらの復興事業で人吉市とその周辺被災地域は必ず復興すると予測しているし、しなければならないと考えている。

これは「逃げるが勝ち」ではなく「残るが勝ち」。
それらの被災された小売店・飲食店、ホテルや旅館には是非頑張ってほしいものだ。
元々日本は地震や台風、水害、津波など災害多発地域。
戦後の復興も大量の住宅の需要に押されて林業が繁栄し、農業従事者が建設業に転じ、さまざまな復興事業で発展してきた歴史がある。
自分のことや目先のことしか考えない人は、このことをよく理解できない。
地元に生かして貰ったのだから地元に「恩返し」をしなければ・・・などとは考えないようである。

いつも述べているように「世の為人の為」は長い目で見ると「自分の為」になるもの。
また労働市場だけを考えても日本は@大企業型A地元型B残余型とあるらしく@が最も安定して流動もしないし変動もしない。
長く高い給与水準を保っているらしい。
地元型もこれまで安定した労働人口の「貯水池」の機能を果たしていて景気の変動に応じてその需給バランスが絶妙に取れていたらしいが今回のコロナ騒動一気に「都会の大企業」ですら「危ない」と見なされ、今後どのような未来が出現するか分からない。
とにかく先行きは果てしなく不透明だ。
少なくとも地元や大企業から脱落し「渡り職人」のような派遣労働者並みの非正規被雇用者(B残余型)がこの時期最も生活基板の確保にとって「危険」だと考えている。

ついでにマスコミのコロナ報道が追い討ちをかけている。
他県(香川県からの災害支援に訪市していた)の保健師の男性が帰郷してコロナ感染が確認されたとのこと。
マスコミはまるで「鬼の首を取った」かのようなハシャギようで避難所の住人400人と数字を併せてまるで「400人の感染者」のような過熱した報道ぶり。実際には感染者0。
何ともはや「アサマシイ」ふるまいだ。
この期に及んでコロナとは・・・。
「まさに人の不幸は蜜の味」を地で行っているのは報道機関各社だと思える。
またそういうのを心密かに期待する傾向が一般大衆にはあるようだ。
人を助けようとか勇気づけよう、励まそうという気にはならないのだろうか。
実際に被害は受けていないが被災地の住民からするとメディアに対してさらに不信感・不快感情を抱く。
「フクシマ」も「ツナミ」も「ダイシンサイ」の被災地の現状はこんな感じだったのだろう。レベルとしては津波や放射線被害に届かず、地震より酷い。水害は川の汚泥の堆積が予想外に深刻だ。それは家屋や道路を著しく損壊し「後始末」を困難なモノにしている。
ただし世界中の7000万人の難民と比較すると、相当にマシ。何しろ国や自治体やボランティアの援助支援も手厚く基本的に夢も希望もある。何しろ「郷土」「ふるさと」なんである。

晴天の日のマスコミのヘリコプターの轟音が蜂の羽音のようにオゾマシク感じるのは地元の人々の偽らざる「気持ち」であろう。

ありがとうございました
M田朋玖



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