コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

[戻る]
■ バスケ再開2020. 6.24

令和2年6月8日にはコロナ騒動で中止されていたバスケの練習が解禁になった。
それでも約1年ぶりの練習参加を果たしたのは2週遅れの6月22日。
人数が男子10人丁度。
66歳の筆者を含めて。
数ヶ月からの右肩の痛みがあってシュートが打ちにくい。
それでゲーム参加の時には主にディフェンスとスクリーナー(オフェンス時)に徹する。
「高齢者スクリーン」とか冗談めかして呼ばれながら(これが結構嬉しい)それが成功しシュートが決まると嬉しい。
自分(ハンディキャップ)がいるチームでも勝負が殆んど5分5分なのが嬉しい。
越も膝も足首も指もテーピングもコルセットもサポーターも不要。
練習後の痛みも全くない。
少年時代に戻ったのかと勘違いするほど「元気」。
少し息が上がるが、これは少年時代と一緒。
これはまた「癖になる」ほど楽しい。
しばらくバスケ三昧がつづく予感あり。
翌日も全くキツくない。
あれもこれも「節制」のお陰だ。
昼食だけの「一日一食」。
水分たっぷり、野菜たっぷり、飲酒なし、喫煙なし、睡眠不足なし・・・これらの余慶か。
カラダの調子の良さ。
青年期や壮年期より「元気」という錯覚をしてしまう。
ことさらに「飲食生活」の大切さをあらためて知ることとなった。

「コロナの状況」によっては今年の9月には県の「リーグ戦」も開始とのこと。
これは監督業も再開か。
少し張り切ってしまう。
自チームの弱点も強みも再度分析していく必要がある。
ゲームは勝つことにも意義がある。
勝敗は抜きでバスケのゲームを楽しめないワケではないが「勝利」の喜びはまた格別だ。
負けつづけるとチームのメンバーのメンタルに悪影響あり。
「自信喪失」が仕事や私生活など人生全般に影響を与える自らのアイデンティティーについて「自己同一化」は避けたいが、それでも「勝利感」というのには言葉に言い尽くせない何かがあると思える。

66歳でバスケができるというのは結構な「勝利感」。
同年の連中には全てを引退している者もいる。
酒食とギャンブルと。
カラダを動かせる喜び、それも楽しいスポーツなら尚更だ。
若者達と楽しくバスケに興じていると何かしらの素晴らしい活力を得られる。
とにもかくにも有り難いことだ。
健康な肉体とそれを満喫できるスポーツ。
その時間を得られているというのには。

不思議なことに練習を終えると右肩の痛みがすっかり取れている。
「スポーツ」とは健康に良いものなのか。
その上心拍数が上昇するので性欲も亢進するようだ。
卑猥な妄想が盛んに脳裏に湧き起こる。
これは傷心者にはよろしくないかも知れない。
「憂さ晴らし」にならないからだ。

ありがとうございました
M田朋玖



濱田.comへ戻る浜田醫院(浜田医院)コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせいよくある質問