コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 「人のせい」という病2020. 4.22

これは治りにくい。
難病と言える。
薬物療法・心理療法で一定の効果は得られてもナカナカ完治しない。
原因が他者、即ち自分以外の他人・集団・環境だからである。
この症状には時々「統合失調症」という重い精神疾患による被害妄想が含まれていることがあり、この場合には治ってしまうことがある。
ただし正常人に近い比較的に知能も高く理性的な若い人(これは具体的には幅広く10代から60代におこる)では逆に治りが悪い。
どちらかというと「アタマの良い人」「人生がうまくいって来た人」などの方が治癒しにくい印象。
自分の考え方や感じ方に自信があるからで「誰のせい」であるとキッパリと断言される。
この場合、重い精神疾患と同様に「説得不能」だったりする。
実に気の毒だ。
ただしご本人は自覚がないので「あの人」「この人」或いは「この環境」が変わってくれれば「自分は治る」はずと確信していて周囲にもそのように漏らされる。
つまり他者が自分の健康状態の「鍵」を握っていると信じて疑わない。
これは治療者としては一見矯正不可能に見える。
それらの「強い思い込み」を取り去ることは非常に難しいが或る種の自己啓発セミナーに行って心理学を徹底的に学べば治ることがある。
絶対に治らないワケではないということだ。
だがすぐに元の「被洗脳状態」とも言える「人のせい」状態に戻ってしまう。
自分に関わる全ての症状や事柄を「他者のせい」「人のせい」にするのは一見とても楽に思える。
何しろ自分の努力や変化・成長をしなくて良い。
これは人間の不幸の最たるものではないかと個人的には考えている。
何故なら自己の成長とより良き変化ほど愉快で楽しい作業はないと確信しているからだ。

想像してみて欲しい。
自分のアタマの中に「人のせい」という異物が入って来て「居座られて」いることを自分が「ゆるして」いるのだ。
さらにその異物に自分の心理状態の動向をゆだねている。
なんてオソロシイことだ。
結果的に自分の人生なのに少しも主体的ではなく「自分の人生」という物語の主役を自分ではなく「他人」にしているワケであるから。

これは今の世界の騒動にも似ている。
「コロナ」のせいで、或るいはコロナに感染した人のせい、政府のせい、マスメディアのせいで・・・という類と同じである。
少なくとも多くの人々は自分の人生や会社や家族の問題をコロナウイルス様の「感染拡大」に依拠させている。
またそれらを擦り込まれて洗脳状態になり我を忘れて「恐れまくる」ということを無意識にしておられる。

最近はコロナウイルス対策で「三密」を控えようというのがある。
即ち「密閉」「密集」「密接」。
これらが人に対して「避けよ」ということであるから嘆かわしい。密閉は別にして。
「密会」なら良いのか。
これは個人的にはとても好きだ。

本来愛しみ合い、親しみ合い、ゆるし合い・・・というような人間の幸福、即ち他者や隣人との「愛に基づいた行為」を禁じる対策なので実に困ったモノである。
人々はSNSやネット・電話などで繋がり合うしかなく、それらの仮想的「愛」で満足せざるを得ない。
人類は見えない敵、極めて微少な「ウイルス」という病原体に恐れ過ぎて人類の幸福の主要命題である「愛し合う」ことを制限し「恐れ合う」ことを推奨している。
人間はソレを好むと好まざるに関わらず多くの人々と集い合い、睦み合うことを至上の幸福とする。
生まれたての赤子と母、それを包み込むような慈父の姿に象徴される、或いは男女の愛し合う姿、ロダンの彫刻のような。
また集団としては「お祭り」各種イベント・コンサートでの「熱狂」を通じて人との一体感「愛」を確認しているのだ。
それら他者との身体的な繋がりを禁じられ人々はいささか困惑している。
人との距離を2m置け、ハグや握手は禁止などなど。
レジやカウンターにはビニールの幕まで設置されている。

これらの異常事態を奨励する宣言を為政者が出さざるを得ない事態は確かに非常事態には違いない。

話しが飛んでしまったが「人のせい」にするという視点に立つと今日のコロナ危機に似ている。
人を「バイ菌」か「汚物」のように接触を避けるということがいかに人を不快な気持ちにさせるか殆んどの人は理解できていない。
こういう事態にこそ「恐れ」を捨て「愛」を選択するべきと思うのだ。
マザー・テレサが生きて活動していたらこの事態に何とコメントしただろうか。
感染率が異常に低いこの地域でも人が人を避けて過ごしている。
これらの態度は人間の潜在意識・無意識に刷り込まれる。
「人を愛し、ゆるす」より「恐れよ」と。
そういう人に限って自分が罹患した時に「アイツのせい」で「うつされた」などと言うのだ。
大の「大人」の発言とも思えないが、この世の中にはそういうタイプの人がゴマンといる。
自分の健康管理を棚に上げて。
これらの理由によりマスクや手洗い(これは他人をバイ菌扱いする心理的にとても不快な行為。握手をした相手がすぐ「手を洗う」など無礼千万ではないか)より自分の免疫状態を健康に保つこと、即ち繰り返し述べているように充分な睡眠と水分・野菜食などの健康食。
野生の動物のように時々軽い運動をすることなどで健康な人なら充分自然な行動が維持できる筈だ。

「人のせい」という病は治りが悪いと。経験的に。
この考え方をあらためて貰うのには相当の努力・工夫エネルギーがいる。
一種の諦念・・・あきらめの境地で接するべきと思える。
それこそこれらの人物に接して「不愉快にさせられた」と「人のせい」にしてしまわないように。
あらためて「人と過去は変えられない」と胆に銘じた次第。

ありがとうございました
M田朋玖



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