コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 英雄の条件2020. 2.19

鹿児島県の英雄は西郷隆盛で、日本人で知らぬものは無く同県民の誇りである。
とにかく人格が秀でていたようで、その行動や業績もさることながら「人物」としての魅力が大きく、多くの日本人を魅了しているらしい。
所謂、偉人の人気ランキングならかなり高いレベルと思える。

ところで世界の歴史の今昔を眺望すると英雄の多くは「人殺し」であることが分かる。
それも生半可な数ではない。
数千人、数万人、数千万人の規模で人を虐殺している。
英雄とはされていない前米国大統領だったフセイン・オバマ氏。
表に出にくいが、歴代大統領の中で最も大量の爆弾を世界各地に落としたらしい。
自ら直接手を下したワケではないけれど命令責任者であり、爆弾の被害者で亡くなった人の数は相当数に上ると考えられる。

しかし同氏を「英雄とは呼ばない」。
「生命がけ」ではないから。
戦争という場でなくても「生命がけ」で戦って人を数多く殺し、結果として味方や自軍・自国を救ってはじめて正真正銘の「英雄」になる。
ここで「生命がけ」という第2の条件が入ってくる。
現代はクルマを運転していて誤って道路上にいた人をたまたま撥ねて殺しても極悪な「殺人者」と呼ばれ、時々収監される。
世間の非難も浴びる。
この辺りの矛盾を誰も教えてくれない。
殺人の数は英雄、大悪人の共通項であるが、その差異について少し考えてみたい。

アメリカのアイゼンハアーとかルーズベルトとかトルーマンとかは大量の殺人者としては敵味方を問わずスターリン、毛沢東、アドルフ・ヒトラーなどと比べても優るとも劣らない。
レッキとした大量殺人者たちなのである。
こと「人殺し」に限れば結果的に戦争に負けたヒトラー、ムッソリーニ、東条英機は天下の大悪人でスターリン、毛沢東、アイゼンハワーは「英雄」になるのである。
正義とか非正義をこえこれらは特定の人間たちにとっての英雄で、その3つ目の条件として或る一定の「枠内の人々にとって」というモノがあると思える。
その「人々」が一時的にでも勝利した場合、その間は英雄とされる。
天下の大悪人ヒトラーも一時的には英雄だったのである。

自分たちの利害の為に人をたくさん殺した人物を英雄として崇めるのであるから本当に人間というモノは、大衆というのはオソロシイ。
典型的には現モンゴルの英雄、チンギス・ハン。
この人物は周辺国からすると大量殺戮者なのであるがモンゴル人にとってだけはユーラシア大陸の広大な地域を支配した紛れもない英雄であるのだ。

ロシアのイワン雷帝、マケドニアのアレクサンダー大王、イングランドのアルフレッド大王など「人殺し」をしてない英雄はいないし、見方を周辺に移すとただちに大悪人になってしまうという理屈が生じる。

人間は同胞を殺す生物なのだ。
猛獣とされるライオンや虎や熊や鰐ですらしない。
人間は「人殺し」をする。
それは秘密裡に犯罪として、或いは公然(戦争や紛争、テロリズム)と。
まさしく「オソロシキ」は人間だ。
最も平和的に「見えた」前大統領のオバマ氏が爆弾を最も頻用し、一見凶暴に見えるトランプ大統領が脅すだけ脅して結果的に4年間の在任中「それほどでもなかった」ことは興味深い事実で、世界の平和の為には「英雄」を崇めるのは「ヨロシキコト」ではないと思える。
あまり人殺しをしなかったとされる人格者の西郷隆盛ですら「征韓論」をブチ上げたりして隣国人からすると評判は芳しくない。
少なくとも英雄とはされない。
英雄とは人を殺したがる人間という5つ目の条件もあるかも知れない。

ちなみに韓国の英雄は李舜臣。
水軍を率いて日本軍と戦った。
日本の初代首相・伊藤博文を暗殺した安重根という青年も韓国の英雄とされている。
ユーゴスラビアの民族主義者、ガブリロ・プリンツィプがサラエボでフェルディナント大公(オーストリア=ハンガリー帝国の継承者)を暗殺したが、この若者は英雄とはならなかった。
以後の第一次世界大戦で1600万人あまりの戦死者を出したからだ。
ウーム、考えさせられる。
本人は英雄になりたがった筈なのに。残念ながら歴史的には最悪の人物で「有名人」にもならなかった。知っている人は極めて少ない。

ありがとうございました
M田朋玖



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