コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 一期一会2019.12. 1

鮮やかな黄金色の銀杏並木からこぼれ落ちた木の葉が街路をじゅうたんのように敷き詰めてやわらかい冬の陽光に反射して輝いている。

11月初旬のは初冬とも晩秋とも受け取れるがとりあえず秋であろうか。
寒さもまた秋のソレで本格的な冬のモノではない。
ここ数日の霧のように舞った細粒の雨も「氷雨」ではなく、心なしか暖かくどこかしら初夏の春雨を思わせる。
ここ1週間ほどはオートバイも乗らず週の3日は夜のバスケの練習に行った。

師走の1日に行われる市内の大会(職場対抗)に備えてのモノである。
不思議にメンバーも集まらず男女混合の5対5のゲームもフル出場、つまりインターバルなしで殆んど連続してプレイせざるを得ない。
よくカラダが持つなあと思うが、キツイとか苦しいとかはなくて心地良い心拍数の上昇と荒くなった息も純粋に「カラダを動かす」喜びを得られてありがたい。

12月3日はバースデー。
何と御年66歳。
こんな年でこんなスポーツに興じられるとは夢にも思わなかったけれど、とりあえず今のところどこも痛くないし翌日の疲労感もない。
過労時に現出する心脈の不整も感じない。
実のところ「大丈夫なんであろうか」自問するが「使える時に使っておく」のが自由な時間と自由な肉体の最善の在り方。
いつなんどきそれが奪われるか分からないし遅かれ早かれそれらは必ず喪失させられる。
それが人生というものだ。

いつも述べることであるが人間の肉体を何か骨董品か何かのように「取っておける」或いは「保存できる」と考えてヒッソリとできるだけ何もしないで、まるで隠花植物のように生きている人がある。
それだと生きたまま「死んでいる」のと同じではないかというのが筆者の印象だ。
まず出逢い、めぐり逢い。
「次はない」と捉えるのが「一期一会」という思想。
「じゃ次の機会に」という返答はこの思想にそぐわない。

人生には「セカンドチャンスはある」
けれどもいくつかの出逢いは常に「一発勝負」だ。
その時に決断しなければ「オシマイ」
それだけの緊張感をもって毎日を送るとこれほど面白いモノはない。
人生は。
「次のもっと良い人」がだいたい現れる。
日頃の心がけさえ良ければ・・・。
ありがたいことだ・・・。
明日は11月の晦日。
30日。
令和元年の秋は永遠にやって来ない。
このことにしっかり気づいている人は想像したよりはるかに少ない。

偉人とか成功者には用心深さ、慎重さ、臆病さと同時に「即断即決」のできる勇気と潔さを併持している人が多い。
セカンドチャンス、サードチャンスがある類と無い類があってそれらをクリアに峻別できるとは限らないが瞬時にそれを判断して決断するにはどうしても「一期一会」という言葉と感覚がいるような気がする。

ありがとうございました
M田朋王久



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