コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 無償の愛2019. 7.21

この世界で「エネルギー」の最高最大のモノであるらしい。
見返りを求めない愛。
この典型例として最も身近な類として親が子に与える愛がある。
父親や母親の子供へのサービスは殆んどの場合、無料。
即ち只である。
見返りは普通要求されない。
多分に本能的なモノであるけれど、あらためてこれに感謝をする人が少ないことにも驚く。

堀江貴文、通称「ホリエモン」という人物がいて、書籍をいっぱい出していてテレビ出演とかも多いらしい。
才能才覚もありマルチなタレントで頭脳の極めて明晰な人物であるようだ。
個人的に嫌いなタイプの人間ではない。
どちらかというと好感を持っている。
少々おバカだとは思うが・・・。
この人物のやることなすこと言うことが見ていると危なっかしいというか愚かしい。
東京大学という日本での最高学府に一発合格し「ライブドア」というベンチャー企業を立ち上げ瞬間的に大もうけをしたらしい。
その後の顛末は「ライブドア事件」として世間の耳目を集めた。
若い時の成功ほど危険なモノはないと中国古典に記してあるが、その典型例として見事に転落され今は定職がなくフラフラしておられる。
勿論本は書けるし収入もあり裕福であるらしいが、その才能才覚の割には「大した人物」とは言えない。
男として下等な人物に入るのになぜかもてはやす人が多い。
多分人気者なのだ。

それはさておき「淫志多欲」。
東洋思想ではこのことを強く戒めている。
「志が淫らで欲が多い」
要するに同氏が強烈な「野心家」であられることは良しとしても、やれ「ロケット」だとか「学校」だとかと志が定まらず何でも衝動的に手を出す。
同じ経営者でも孫正義氏などと比較すると格段の差がある。狙いを定めてこれはと決めてまっしぐら・・・ということがない。
右往左往という態だ。
まさしく「淫志多欲」という表現にピッタシくる人物であるのだ。

やはり人間は「一筋に生きる」「ひたすらに求道する」というのが男の道なのではないだろうか。
そういう意味で「ホリエモン」を相対的に見て愚者と呼称できると思える。
またその著書で述べておられるのが育ててくれた実の両親をクソミソに見下し軽蔑しておられる点も人間としてどうかと思う。
いかなる親であったかは別として今現在成人してイッパシのことを書いたり述べたりして瞬間的にも経営者としてトップ層に上りつめた人物の言動とは思えない。

親の愛・・・これこそ「無償の愛」・・・に報いようとしない男が立派な人間である筈がない・・・というのが筆者の見方であり人物鑑定である。

このままの調子で人生を過ごして行けばただの「大ボラ吹きの野心家」としてその人生を終えるのが関の山と思える。
そういう「残念な人物」。その特徴をキッチリとそろえておられる。
即ち「謝恩の人」ではなく「忘恩の人」
また、あふれんばかりの才覚をその不徳(親についての考え方)によって台無しにしている人物。
徳に勝っている人間は「小人」と呼称される。
要するにツマラナイ人間ということだ。
「徳が才を上まわる」人間は「大人」(立派な人間)・・・上記のようなことを稀有な才人・堀江貴文氏はご存知ないのかも知れない。
周囲の人も教えようとしないし、それらの「耳痛の言」を聴く耳を持っておられない方なのだろう。

少なくとも「無償の愛のエネルギー」を活用できていない。かえすがえすも残念な人物の筆頭であると個人的には考えている。特に父親を尊敬出来ない人間は反社会的な存在に成りやすい。同氏の言行にはチラチラとそれが感じられる。

当然ながら無償の愛を過去にふんだんに頂戴したという自覚があって、今でもそれを強く感じさせてくれる人々が周囲に多数おられる。
また筆者の無償の愛で生かされ活かされている人(子供を含め)が周囲にいて、それらの人々のお陰で現在自分も頑張って生きているという実感を得られてとても心地良い。

人生を喜びに満ちたモノにするひとつの絶大な手段として「無償の愛」を人々に与えることはないかと・・・どれだけ勇気を持ってカタチとして「損」ができるのかが人生を幸か不幸か分ける分岐点のような気がする。

世の中を見まわしてみて愛を与えるのに見返りを求める人が多すぎるように見えるのは大きな勘違いかも知れないが、人間の全ては無償の「愛の海」で泳ぐ魚のような存在なのだ。

「神の愛」「親の愛」「人の愛」

少なくともこれらの愛、無償の愛を強く意識さえすればその人生は大きく変容するのではないだろうか。

そのことに明瞭明確に気づいている人は少ないように見える。
心の奥底を静かに見つめて行けば誰でも感じさせてくれる「真理」であるのに。
人間、人類の不幸かも知れない。

神の愛と言ったって、何もオカルト的な事柄は何もなくて、例えば空気と水と食物。太陽光と植物の化学合成で作られる酸素。水素と酸素の結合物である水。土と水と光とで育まれる植物、それを摂取する人間や肉食獣など、、、生命体とも呼べる地球。全く素人目でも観察できる人類の環境を「神の愛」と呼称せずになんと表現するのか。人の愛に至っては言わずもがな。

どうしたら「この愛に報いる」ことができるのかを、常に考えている人を高等な人間と呼びたい。無償の愛は全ての人々に降り注ぐ。それが凄い。

ありがとうございました
M田朋王久



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