コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

[戻る]
■ 病因論的治療論2019. 1. 8

あらゆる疾病には原因がある筈であるとうのが筆者の考え方である。
太古より人間に生命のエネルギーをもたらすのは

地丹(地のエネルギー・即ち食物)
人丹(人のエネルギー・愛情など)
天丹(天のエネルギー・太陽光、風、星々)

と考えられていた。
これらの三元論を基礎として病因を捉えると、まず地丹「食生活」となる。
これはどんな人も毎日実感していることで「生活習慣病」というのは突き詰めれば運動不足より食事、それも内容のことと考えられる。
これを正しく整えずして真の健康は得られない。
この言葉を「発明」された日野原重明先生も百寿を全うされて一昨年に鬼籍に入られたが、或る意味言葉の表現と疾病の形態について上手く発案されていて妙である。
それでも残念ながら日野原先生も牛乳も毎日飲んでおられたそうで、その為にいくらか「セムシ」のように頚骨と胸骨の醜く弯曲しておられた。
晩年のそんなお姿を拝見するにつけ、この有害飲料の常用にその因があったのではないかと個人的には考えている。

少なくとも脊柱の側弯している人々についての長年のインタビューでは牛乳の常飲者が多くレントゲン撮影でも確認している。
これは若年者にも時々見られて、病因は異なる(ビタミンD,日光の問題)骨軟化症ではないか(P:リンとCa:カルシウムの代謝異常)とみている。
牛乳にはカルシウムと同じくらいリンが含まれていてカルシウムの代謝異常に牛乳が関わっているというのではないかと推測している。
何しろ素人の理屈として「牛も飲まない牛乳」を大人の人間が常飲するなんて「アリエヘン」と思えるが、社会には乳製品の会社が多く存在するし酪農家の方もおられるのでこのことを声高に述べる人は少ない。

つぎに「人丹」人のエネルギー。
これも病因として治療においても重要である。
「抱っこされない」子供が健康に成長できないことは広く知られている。
マザーテレサのドキュメントで「捨て子」の赤ちゃんをシスターに命じてつきっきりで「抱っこ」させるシーンが出てくるが感動的である。
ミルクも飲まなかった赤ちゃんが笑顔のシスター達に抱かれて微笑みを浮かべる。
人間にとってヒト或いはその他の生き物とのふれ合い、ぬくもりなど「愛のある接触」というものがいかに大切かを理屈として知ることができる。
これは心理学で「ストローク」と呼べるもので、この不足は多くの疾病の原因となり得るようだ。
赤ちゃんにおける「抱っこ」の価値は、青少年は言うに及ばず成人、高齢者などにおいてもその価値に変わりはない。
愛のある言葉、笑顔、抱擁、握手、さまざまな方法でそれをやり合うと心が和むばかりでなく身体にも良い影響を及ぼすようだ。
オートバイのツーリングの時にスレ違うときや行き会った時に「手を振る」ライダーがいて全国的にそれを行う運動があるらしいが良い試みである。
お互いを元気にするという点でも。

交通機関、例えば自動車にしろ、電車にしろ「合図」というモノはこういう良い性質も持っていて普通に行われる「挨拶」と同じくらいの価値を有すると考えている。
とてもぞんざいに扱えない人間の持つ大切な習慣で、ただ「安全運転」の為だけではない気がする。
それらの行為から何らかのエネルギーを得ている筈なのである。
これらの温かいやり取り(交流)を通じて人間は元気になり、そして健康維持をしているのだ。

職場や家庭や学校はさまざまな「集まり」で、それらのストロークを得たいと多くの人々が心の底から深く欲求しているように見える。
今は年賀状の季節。
手紙やメール、ライン、フェイスブック全ての通信機器はそれを得る簡単な手段で恋愛中の男女にいたってはそれがないと発狂するほど落ち込むこともあるらしい。

マザーテレサは現代人に愛を求める激しい「飢え」があると指摘していたがさもありなんである。
孤独という病はこのストローク不足に原因している。
そして孤独感という絶対的愛情不足感はあらゆる疾病の原因となり得る。

典型的には喘息や潰瘍性大腸炎、リウマチ、膠原病などがある。
これらは殆んど全て親子間の愛情の歪みから発症すると考えている。
もっと突き詰めると「愛情欲求の抑圧」がその原因となる。
全ての感情の元となる愛の感情の調整が治療に強く益すると考えられる。

最後に天丹。
これは適当に太陽光を浴びることから始まって、目に見える光から目に見えない光線以外の光のエネルギーもあるのではないかと推測している。
即ち人間やあらゆる生物は太陽や月以外の無限の星々から宇宙の人間の感覚できないエネルギーを得ているのではないか。

また天と地で行われる「水の循環」も人間の生活にとって欠かせないモノだ。
天というからには「神」とか「仏」とか何かしら霊的なエネルギーもある。
「天丹」を遺伝体質と考えても良い。
まるで天の災いのように生下時から難病を患う人もいて、これらの人々も天丹の問題となる。

病因論的治療というとこれら3つの側面からアプローチして人間を治療軽快、回復させるという考え方である。

地丹:食べ物、飲み物を整える
人丹:人間関係を愛のある豊かなものにする。
人との温かい「ふれ合い」を奨励する
天丹:遺伝的問題を霊的な問題、即ち時には除霊など具体的に行うことも良いかも知れない。
神社詣り、墓参りでも良い。
遺伝はしようがないとあきらめるよりこれらの3つの視点からできる限り正調させる・・・ということを試みる。

このような考え方に基づいて心理治療、薬物治療を行うと殊更に治療効果が良いようだ。

物事はシンプルに考えよう。
世の中で確認されている数えきれないくらいおびただしい種類のさまざまな疾病は医学部に行って学ぶことができるが、これらの論法・考え方についてはこれっぽっちも聴くことがない。
これらは多くの書物と経験から導き出したひとつの考え方である。
治療に応用して有害なことはなく、取り組みの手法として簡単で安全と思える。

ありがとうございました
M田朋玖



濱田.comへ戻る浜田醫院(浜田医院)コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせいよくある質問