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■ 寿 | 2018.12. 8 |
寿:いのちながしとも読むらしい。 長生き、長命の意味とお祝いの意味がある。 「寿退社」というのは女性が結婚の為に仕事を辞めることで最近は流行らなくなった。 社会や会社が女性の労働力を必要としていることと、女性個人にも共働きをしなければならない事情があって、昔のように専業主婦でいられるほど豊かな報酬を貰っている男性は少ないらしい。 また女性の方でももっと「働いていたい」という欲求もあったりして、これは全世界的な傾向であるようだ。 専業主婦をさして「三食昼寝つき」という言葉も死語になった感がある。 平成30年12月3日は筆者の65歳の誕生日。 若い時には想像もしなかった、できなかった年齢になってみて今さらながら実感しているのは若い時、20代・30代と殆んど変わっていないという「体感」である。 これは全く意外な現状で、とりあえず普通にバスケをできるしバイクにも乗れる。 その上仕事は若い時よりはるかに「楽しい」と感じる。 変化したのは老眼と白髪。 老眼もそれほど進行していなくて何とか昔の眼鏡で対応できるし、白髪とは言え何とかかんとか遠景的に「生えている」のでありがたい。(人から見たら分からない、鏡のチラ見での確認によれば) まだ腰も曲がっていないし肌も一見はシワだらけという風でもないようだ。「老い」の兆しは体中いたるところで出ているのであろうけれど実感できる類は少ない。何しろ鏡を見ないようにしている。50歳頃から。 それでも数字的にはWHO(世界保健機関)という怪し気な団体の定めた高齢者にめでたく突入したワケである。ある意味めでたいことだ。 60歳の還暦から65歳まではあまりに毎日が楽しくてアッという間に過ぎてしまった。 まるで浦島太郎だ。 いくつかの楽しみ事に耽溺していたら時の過ぎるのを早く感じるようである。 楽しみ事と言ってもそれは比較的に限定的で「仕事」「バスケ」「バイク」「クルマ」「読書」「映画」というもの。 宴会、パーティー、グルメ、ギャンブル、クラブ活動(夜の店)、ゴルフ、釣り、船、旅行など裕福な人々がしているとされる趣味の類は全く興味がない・・・というより苦手。 また自分が裕福というワケでもないので或る意味とても好都合。 医者になる前の学生時代は卒業してお金を或る程度稼いだら「ソープランド」「スナック」と「寿司屋」に行って好きなだけそれらを楽しみたいと思っていた。即ち夢の3S。 それらはお金がないと店に出入りできないし「好きなだけ」というワケにもいかず強い憧れがあった。 20代後半にそれらに挑戦したもののソープについては3回くらい行ってみたが我が息子はピクリとも反応せず逆に委縮してしまうという有様。 どんなに好みで美しい女性であってもうまくいかない。 疑似恋愛にもならないそれらの動物的性行為では喜びを得られないことがあらためて判明して早々に諦めてしまった。 お寿司についても毎日食べていると流石に倦きる。 またそれほど美味しいとも思えなくなってしまった。 スナックや夜の店は基本的に苦手。 カラオケの音楽がウルサイし、若い女の子と話すのはさらに苦手。 ゴルフは競技がチンタラしてスピード感がなくて全然ダメ。 そもそも全くこのスポーツに才能や関心がない。 「釣り」は釣られた魚の顎に刺さっている「針」が痛そうで、魚がカワイソウ。 体がゾクゾクするほど「痛痛しく」感じてしまい、感覚感情的に受けつけない。 株を含めギャンブルなどどこがどうオモシロいのか理解できない。 旅行も準備がメンドクサイし、海外旅行でのあの緊張感が嫌なので避けている。 東京に行くのでさえメンドクサイ。 所謂「男の遊び」の殆んどもどちらかというと不得手であるようだ。結果的に趣味嗜好が前記した3種か4種に限定され実にシンプル。またそれらに親しめる環境と健康を保持できていてうれしい。 また美味しい物にしても興味がないのでパーティーや宴席に参じず独りでオートバイに乗り本屋や映画館に行く。 それが自由時間の過ごし方全てで心やカラダが元気ならそれらを選択している。 少し弱っているときはバスケの練習に行く。 これは疲れていても気分を上げてくれてかなりハイテンションになれる。 それはアルコールを少し飲んで軽く酩酊したような精神の状態で、我ながらオモシロイ言葉がポンポンと口唇から漏れ出して周囲をいくらか明るい雰囲気にするそうだ。 上記のような傾向は若い時、20代の頃に無意識に了解していたようであった。 ただし仕事が楽しくなったのは40代くらいからで、60代の今はそれが「楽しみ」というレベルまで進化したようで毎日の生活を生き生きと輝かせてくれている。 ありがたいことだ。 筆者の開業時、即ち昭和57年頃は社会保険本人と65歳以上の高齢者は医療費が只だったので、それらの人々で時間の或る人はこぞって病院・医院に入りびたって我が診療所の待合室も高齢者のサロンみたいにごったがえしていた時代があった。 それらの時代も少しずつ日本の経済成長の鈍化と共にドンドン絞られてきて今は殆んどの医療機関で経営的な工夫、即ち経費削減とか売り上げ増とか普通の客商売と同じように企業努力をしないと「生き残れない」時代になってしまったようだ。 話しを戻すが一時的にはカルテに「寿」とゴム印を押して老人医療と一般医療を分ける保険制度があって、今でもそれを分ける考え方がつづいている。 平成12年より介護保険制度がスタートし、あらためて高齢者医療と介護について前向きな仕組みが出来上がった。 これらも医療保険制度と共に毎年のように改定が重ねられて時代の変化、人口動態、社会情勢を細かくウォッチしながらアタマの良い官僚の人々が熟考して策定しておられるようだ。 それはともかく、どうしても自分があらためて「寿」になったという実感がない。 そう思うべきなんであろうけれどそうは思わない。 つまり年齢など頭に入れない方が良いという真反対のアイデアが対立交錯して精神的に「宙ぶらりん」のまま毎日を過ごしている。 先のことは殆んど考えていない。また考えたこともない。 そんな寿の日常だ。 ありがとうございました M田朋玖 |