コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ ミスター2018.11.15

日本人で全国的に堂々と「ミスター」と呼ばれるのは長嶋茂雄だけだそうである。
確かに。
小学校時代は勿論、長嶋のフアンだった。
昭和33年の天覧試合で打ったとされるホームランは歴史的な出来事らしく何回もテレビで観せられた。
後になって。
この年に巨人の監督に3度目の返り咲きをした原辰徳が誕生している。
筆者の5歳の時だ。

先日NHK-BSで、この「ミスター」のドキュメントを観た。
サウナの後に脳梗塞になり一命はとりとめたものの発見が遅れた為、左半身麻痺と軽い言語障害が後遺症として残り、かつて運動神経のカタマリのようだった雄姿を想えばいささか胸の痛む野球界の大御所であり大スターの現在だ。

昭和の大スターと言えば歌手の美空ひばり、石原裕次郎、高倉健とくるが、いずれも「お嬢」ひばり様は双璧としても長嶋茂雄の超人気者ぶりには及ばない気がする。
存命中でもあるし。
ミスターの後に来る言葉は言うまでもなくジャイアンツだ。
ベースボールだ。
日本の野球の歴史に残る同氏の引退試合セレモニーで述べたのは「巨人軍は永遠に不滅です」
当時これを観た時にはそれほどの感興はなかったものの、その背景にある日本国民の感情の振動は国中を振るわせたらしいと「知ってはいた」がこれほどのモノとは想像もしなかった。
あらためてドキュメント番組でその「物語」を観せられると少しく心を打たれる。

「長嶋さんて立派な人だったんだなあ」みたいな軽い感想であるが、何でもよくわきまえた、心得たアタマの良い人物、サービス精神の旺盛さ、努力家のレベルが「天才」という呼び名を超えるほどの素晴らしさであることをあらためて知った次第である。

元々「長嶋監督」の時代には何故か強烈なアンチ巨人で、アンチ「巨人」と呼ばれるのも嫌いだったのは何故かと問われると「自分でも分からない」としか言えない。
不思議なことにアンチ巨人の心は大学時代に育まれたようで、当時は「赤ヘル旋風」の影響もあり広島フアンだった。
どういうワケか広島出身のトモダチもいたくらいだ。

広島の監督は強い熊本弁訛の古葉竹識(本名は古葉猛、改名しておられる)。
先年他界した鉄人・衣笠祥雄や山本浩二と共に同チームの連覇の立役者だ。
そういうスターの存在、同県人という親しみなどが混成して心に侵入したのであろうか。
何となくお金をかけた華やかなエリート集団のように見えたからかも知れない巨人のフアンだった時期は長嶋が現役だった時代、原辰徳が監督だった時代と割と限定的だ。

それにしても長嶋茂雄の人気がこれほどのモノとは思わなかった。
しかしながらビートルズ人気、美空ひばりの人気、その他スターたちの人気というと誰かの強烈なフアンだったことはないので、よくそのフアン心理が分からない。
ただそれらのフアン(日本国民)とその対象である各アイドルやスター達で構成される日本人の庶民大衆という集団には強い親しみと愛着を感じる。
それでもそれらスター達そのものにはまるで関心が湧かない。
そのせいで時々自分の心に何かしら「欠けたるモノ」があるのではないかと心配する気味もある。

誰かしらスターやアイドルのポスターとか買ったこともなく貼ったこともない。
勿論、今時の若者の「AKB・・・」とかにはまるで異星人のような不気味な感慨さえ心に抱くくらいだ。
それでいい年をした大人がミスタージャイアンツ・長嶋茂雄の引退セレモニーで涙を流すという現象にオカシイのではないかと今懸命に考えているワケである。

その上かつてミスターと内々に呼ばれた男を信頼して完璧な詐欺事件に遭った経験からもミスターという呼称には多少トラウマがある。
このミスターなる人物は数年前から筆者を陥れる為の綿密な計画を書いた「メモ」まで秘蔵していて側近(ミスター)の男がコッソリUSBメモリーに残していたのを発見してマザマザと筆者の知るところになったワケであるけれど、その呆れ返る程の「騙しの技」には敵ながら「天晴れ」であると感嘆したくらいだ。
実際には本物のミスター・長嶋茂雄氏とは真逆のパーソナリティーを持った極めていかがわしい人物であった。
英国に行くと医者もドクターとミスターに分かれるらしく、どうも著名な外科医になるとミスターと冠されるらしい。

そんじょそこらのMrではミスターにはなれないようだ。
ようワカランけれど・・・。
個人的にはそんな呼称は一生されなくて良い。
結構好もしく聞こえるのは意外なことに「パパ」だったり「ジジ」だったりだ。
この父性を示す典型的呼び言葉は心を「ホッコリ」させる。

ありがとうございました
M田朋玖



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