コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ 絶滅危惧種2018. 2.11

少年時代、ことに思春期以降は女性という存在は筆者にとって世界のすべてであり宇宙であった。
即ち興味関心の殆んどがその存在に集中していた。
また当時から今の今までその心理状態、志向というものの理由が明瞭には理解できないでいる。
少年時代の女の神秘さについてはいくらか軽減したものの、その存在についての心の中で「ありよう」の大きさ、価値づけ、その存在から得る喜びの深さについてはいささかも減じていない。
全く自分ながら不思議なことである。
それはまた無尽のエネルギー源であり単なる具体的・実際的接触とも無関係で想像妄想の世界でも充分満足できる性質のものである。

世界には人間の世界と限定しても男と女がいて(他の生物では雄と雌があっても男と女とは呼称しない)、男女が組み合わさり、カップルをつくり、時にはその間に子供をもうけ人類が存続していくワケであるのに、この男女の営みというものの人類の発展における重大さについては殆どの人はあまり思いをいたさないように見える。

「結婚して子供を産み育てる」という行動は国家や社会にとって極めて重大な出来事であるにも関わらず、現代人の多くはそれ(結婚、出産)についてごく個人的なものと捉え、その社会的意義については危機感がない。人口数の増加か横ばいならいざ知らず先進国、とりわけ日本国における「人口減少」の流れが極めて深刻な国家社会の未来像を招来すると分かっているにも拘らず行政も国民もこの事態に直面しようとせず、言うならば認知症のように看過しているようだ。

このままいくと西暦3000年には日本人は2000人足らずになってしまうそうである。
これは少子化が多少くい止められても計算上、明確にハジキ出された数字だそうだ。

この日本の豊かな国土・・・水と緑と風光明媚な・・・は筆者の個人的予測では中国人であふれ返っており、とっくの昔に(1000年後くらいから見れば)中国の領土になっている筈だ。
もしくはアメリカの領土か?
今の米国の衰退傾向を考慮するとやはり「中国の領土化」の方に現実味があるような気がする。
その人口力については現時点でも他を圧倒するレベルである。
そういう中国ですら人口減少のトレンドがあるそうで、1000年後の未来についてはハッキリと明言はできない。

1000年後とか考えても仕方ないとか、自分が死んだ後の日本の未来とかについては殆どの日本人は無関心であろうと想像される。
「知ったことか」というワケである。
まあそんなものであろうけれど歴史を振り返った時、1000年前、日本は平安時代、中国は宋の時代、ヨーロッパでは神聖ローマ帝国、アメリカ合衆国はモチロン存在していない。

平安時代の人口はそれでも250万から400万人近くいたらしく、世界最古の文学小説と言える紫式部の「源氏物語」、清少納言の「枕草子」と文学的に素晴らしい結実を得た文化の繚乱期であった。
この時代以前の万葉集とそれにつづく古今集、新古今和歌集などを読むとその文化的水準の高さと美しさに誰でも酔い痴れることができる。
過去の1000年と未来の1000年では変化の度合いの程度も段違いであろうとは思うけれど日本人の歴史を考えたとき、日本人という民族が言わば「絶滅危惧種」で1000年後にはこの世界から消滅してしまうという予測に対して何も手を打とうとしない日本の行政府という機関の無責任ぶりは道義的にも大問題なのではないだろうか。

一般大衆の未来予測の苦手ぶりは想定済みとしても大中小を問わず企業の経営に携わる人々や親を含め教育に関係する人々にとっては5年後、10年後の未来くらいは考えておくべきであろうし、この人口動態の短期未来ですらも率直に言ってハッキリとした危険信号が出ているのだ。
種々の経済活動のみならず国家の安全と維持を担う警察官、自衛官、消防署員ですらそれにあたる若者の減少の為に近々に国家の破綻を来すレベルであるらしい。

世界的には人口はまだまだ増加基調であるので日本人だけ絶滅する予測が立つというのは逆に見ると「打つ手はある」ということだ。
ここは是非、知恵を絞って対策を考えていきたいものだ。
対策というものは早いほど良い。

日本の国土の豊かさを思う時、中国人、特に富裕層からしたら喉から手が出るほど欲しいのが鉱物資源の豊富な西アジア(実際に一帯一路構想でそれを手に入れようとしている)と我が日本国であろうと思える。
何よりも水資源の豊かさだ。
いっとき中国人が日本の山をこっそり買っていて話題になったが、それは「木」が欲しかったワケではなく「水」が欲しかったらしいのである。
何しろ今の中国の大都市では水と空気(その汚染のため)という人間の生命維持にとって極めて重要な二大要素の確保という本能にも近い欲求があるようなのだ。
この2つの要素が殆んど只同然に手に入る日本国に住む日本人にはピンと来ないかも知れないが、これらの不足している中東の産油国、山も木もない砂漠国など本当の意味の貧しい国が地球上には広大に数多く存在するのである。
本当の意味での貧困国というと教育のない国なのであるけれど、衰退国の特徴というのがエリート層の人材不足、人材登用の不具合さであるらしい。
これは企業にも言えることで、人材登用システムの機能不全によって国家も会社も弱体化していくらしい。

日本の人口減少の遠因として国家としての衰退が数10年単位で起こっていて、それは即ち指導層、エリート層の濃密な「層の厚さ」から稀薄さ、軽薄さへのシフトなのではないかと考えている。
そのひとつが適当適正な競争環境の無さだ。
人口の減少という国家的な「危機」に臨んでそれを直視せず、決断せず、行動せずという事態は指導者層の能力低下か人材不足か或いは日本人消滅を願う悪意の隣人(隣国)の不徳な所業かも知れない。

いずれにしても今現在進行している日本の状況を人口という視点で見ると、どうしても悲観的にならざるをえない。

人口増加やそれを補う施策を国民の活力に求めることは出来ない。男女共相手(異性)を求める強力なエネルギー即ち恋愛力、結婚力、もっと具体的には生殖力の減退を多くの若者に感じる。
ギラギラした鋭い刃物のような、いくらか暴力的ともいえる性欲の亢進状態を国民全体に発見できないでいる。
それは瀕死の重傷を負った人間の散発的な微弱な脈動といった程度である。

問題の全てが人間の繁殖力にあると仮定しなくても筆者自身の感覚では「女」というものが冒頭に述べたように全ての欲望の発端にあり、宇宙的に大きく精神と肉体の世界そのものと言えるほど現世での自己の実在に関与している。
多分に象徴的にではあるけれど。
女性と「女」は違うのだ。
女性は人間であり男性と同等の存在であるが「女」は人間ではない。
それはもっと「神的」であり「ケダモノ的」なものなのである。
上記した表題と文脈をまとめて結論を述べるならば、女性とかキャリアウーマンとか女の子とか呼ばれて喜んでいるよりあらためて「女」でいること、いさせることを国家や社会で奨励しようじゃないかと考えているが、これは今のトレンドでは相当に難しい。女が明らかに「人間」でありすぎて、「女性」でありすぎて少しも「色気」や「神秘性」が感じられなくなってしまった。
残念な時代になったものだ。

いずれにしても将来日本国と日本人は滅びてしまうのだ。それはひとえに内因的か外因的かは不明だが、日本人の「女」力「男」力もっと言えば「生命力」の減弱によると考えている。自然な状態で繁殖できなくなってしまったのだから。絶滅を回避するには他力的に繁殖させなければならない。可哀想なパンダのように。ある意味とても滑稽で悲惨な事態なのである。この流れを食い止めてくれる偉大なリーダーの出現を祈るばかりだ。

追記
やはりクローン技術かなぁ。結局のところ。いや待てよ、このままの人類史を素直に見直して現在の国際情勢を宇宙的な高さで眺望すると、人類そのものが絶滅危惧種で日本人はおろか全人類が滅び去ってしまうという可能性だってあるのだ。なんともはや。

ありがとうございました
M田朋玖



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