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| ■ 讃美歌 | 2018. 1.31 |
生の声で讃美歌を初めて聴いたのはロンドンの教会であった。 或る晴れた日曜日の午前中。 静かな通りを散策していると、小さな教会があって微かに歌声が聞こえてくる。 近づいていくとドアは開けられていて、数人の若い女性が讃美歌を無伴奏で歌っている。 それはとても神聖な響きの美しい調べで、天上にもとどきそうなほど高く清らかな歌声であった。 しばらく聴き惚れてたたずんでいたが、あまりそこにいると彼女たちに礼を失するのではないかと思い、小一時間ほどでこっそりと教会を出た。 筆者の子供たちのうち3人はキリスト教プロテスタント系の幼稚園に通った。 それは歩いて１００ｍもない近所にあって、アメリカ人の経営であり園長先生もアメリカ人の女性であった。 園の敷地内には西側に教会があって礼拝や集会の度に牧師の説教とオルガン伴奏に讃美歌が歌われていたようだ。 ロンドンで聴いたそれほど美しくも神々しくもなかったけれど、それなりに神聖で厳かな気分に浸れる歌声であった。 当法人の良き相談役でもあった友人の一人が平成３０年の１月２８日、日曜日の深夜に熊本市の病院で亡くなった。享年６６歳。 翌２９日の夜にお通夜が当地人吉て執り行われた。それは前夜式と呼ぶらしい。その時初めて知ったのであるが彼の人はキリスト教徒であった。 それも近所の幼稚園の系列の、即ちプロテスタントらしく長年見慣れた顔見知りの牧師さんが教卓の向こうに立ち、聖書の一節を前夜式で読み説教をしてくれた。 それらの内容は多くの日本人には馴染みのないもので、参列した人々の胸には残念ながら届いてなかったように見えた。 それらの人々の素振りから・・・。 神様はともかく、いきなりイエス様とか言われても俄かには心に入るまい。 それはともかく式次第の流れはお坊さんの読経やお線香の匂いよりもいくらか厳かで清廉な趣きがあり、筆者としては好もしいものであった。 その真面目でつつましやかで正調な教説は、仏教のお坊様のそれに比べ生命の「はかなさ」よりも天に召されて天国で「しあわせ」ですよ、というキリスト教の死についての前向きな考え方の披露のようであった。 故人のキリスト教徒らしくやや「受難的」な長患いの果てのいくらか苦し気な臨終を想うとき、仏教的な「大安心」とも言える「死」という名の安息に思いを馳せる。 それらの「考え」でいっぱいになったアタマもタガが外れたのか、讃美歌が始まると思いがけず不意に心の底から堰を切って噴出するさまざまの思いや感情で顔面の下半分をくしゃくしゃに濡らしてしまった。 ♪いつくしみ深き 友なるイエスは かわらぬ愛もて みちびきたもう 世の友われらを すてさるときも 祈りにこたえて いたわり給わん～♪ 天使の口ずさむようなメロディーと言葉が耳から離れない。 そしてそれは涙腺を絶えず刺激して瞳をいとも簡単に潤ませる力を持っているようだ。 「人生は与えた分しか残せない」 分かり切っているこの真理をマザマザと思い出す。 多くの人に、愛する人に、そしてこの世の中に与えた大きさ、深さによってその人生が偉大にもなり卑しくもなる。 その人間の富の大きさや地位の高さ、ましてや容姿の美しさなどでは決してない。 人々に与えたものの質と量が良きもの、素晴らしきものであった時にその人生の価値付けが高く、貴く、美しく清らかになるのだ。 その人生の痕跡はカタチとして墓石に刻まれる文字と骨壺の中の僅かな骨になってしまうのであるけれど、その軌跡・航跡はいつまでも人々の脳裏に記憶され、ひとつの歴史物語となる・・・モチロン小さな存在に過ぎないと思える我々の人生も人類の歴史の構成要素であることにはちがいないのだ。 讃美歌とはその字面のとおり神を讃える歌である。 キリスト教徒、それもプロテスタントの人々にとって前記した「いつくしみ深き」はどんな歌われ方使われ方をするのだろう。いずれにしても人生は長くなると「悲しみ」の彩りが色濃く上塗りされて行くようで心もカラダも重くなる。それを幾らか軽くしてくれるのが讃美歌のような気がする。 彼の人の思わぬ早世についての悔いと悲しみとで、重く固くなった心も前夜式の晩の讃美歌によって思わず知らず天空に解き放たれ、涙と共に癒され軽くなり、ついでにいくらか覚醒させられたようである。 「素晴らしい人生とは与え続ける旅である」ことを。 そしてまずは 「いつくしみ深き人間として在る」ことを。 亡き友に、素晴らしき友に捧げたい。 まだ元気だった頃、つかのまの最後の時を楽しく一緒に過ごした思い出を。その温かく優しげな笑顔の記憶を。深い謝念と共に。美しい讃美歌のように。 ありがとうございました 濵田朋玖 | |
