コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 夜想曲集2017.11. 9

本年の西暦2017年にノーベル文学賞を受賞した英国人作家、カズオ・イシグロの短編小説のタイトルが表題でございます。
本屋の出入口にこれ見よがしに平積みされておりますと誰が手に取って読まずにいられましょう。

通常ですとノーベル文学賞受賞作家などの著書を買って読むなどということはいたしません。けれども年齢が小生とわずかに1歳と違わず、イギリスの最高の文学賞、ブッカー賞を取ったと聞けば知らず知らず最もロマンチックな響きのある「夜想曲集」を携えて会計のカウンターの前に並んでいたというのもご理解いただけると存じます。

残念ながらこの短編集は少しも小生の感興をくすぐるものもなく、ただ読了した・・・というに過ぎないのですけれども、その文章の美しさ、表現力、感性の豊かさには、たちまち惹き込まれてしまいましてツマラナイ、ツマラナイ・・・と思いながらも最後まで「読ませる力」というものにはいくらか感嘆させられたものでした。

最近では映画もテレビも音楽もその他の遊興事にも殆んど興味が失くなり、ひたすら「面白い本」を求めて本屋を渉猟して歩くのが専らの定型行動でございました。
とは言え興味関心をそそられる「面白い本」などそうそうお目にかかるワケではございません。

そういう時機に店頭に積まれたカズオ・イシグロの本が・・・それも購入しやすい文庫本が・・・。
小生にとってはいかにも豪勢なパーティー会場の中央テーブルに美しく盛り付けられた大変なご馳走のように目に映じたのも無理からぬこととご想像下さいませ。

このご馳走を欲張って全部買い込んで我が部屋の畳の上に積み上げて一冊ずつ丁寧に読み耽るのもまた極上の喜びかと思いましたが、ここはインターネットでも欲しいと思えば簡単に買えることだし、まずは「日の名残り」という最も有名な小説を買って来て読み始めてみました。
そうしましたら何ということでしょう。
その流麗な文章もさることながら、物語の壮大さ、細やかさ、優しさ、気品、品格などなどとても読者を心地良くいくらか高尚な心持にしてくれる素晴らしい作品で思わず「流石ノーベル賞」と一人の部屋で小さく嘆息したほどでございました。

世間では我が国の代表的文学者、村上春樹氏をノーベル賞候補の筆頭に挙げているようですが、少々読んだところでは短編集はともかくいくらか文体は似ておりましてもノーベル賞というくらいで欧米の人々の意に沿う作品という意味で、カズオイシグロに引き比べると確かな遜色を感じざるを得ませんでした。

日本の文学賞でも直木賞作品などは読んでみると明瞭な手応えみたいな感触は得られてもあきらかに面白いというほどの小説はそれほど多いものではありません。
本屋にならべられているあまたの書物も時にはまるで紙屑のように思えるような時があるものでございます。
そのような時に草原を縫う清らかな小川ようにサラサラと流れる美しい文章を愛おしむように読み進める快楽というものに浸れる見事な作品というものは、読書というものを趣味の最上位される人々にとってまさに珠玉とも呼ぶべき宝物でございましょう。

昨年のボブ・ディランというミュージシャンの方のノーベル賞受賞には驚かされましたが残念ながら流石に読む気になれません。
川端康成とかはまだしも大江健三郎などは年齢差の問題もあるのでしょうけれど殆んど全く読むに堪えません。
何故でしょうか。
時代背景というものもあるのでしょう。
小生の感性と良くマッチしたカズオ・イシグロ様には強い親しみ、尊敬と愛着を感じた次第でございます。

それにいたしましてもノーベル文学賞の選択基準が何となく分かった気もいたします。
これは当て推量ですがグローバル主義とか見せかけの平和主義とか、少なくとも西欧エスタブリッシュメントの人々を満足させる内容でなければならないと思えます。
カズオ・イシグロの一連の作品ですらもそれらの人々の意を受けた小説のように読み取れますし、何より英国やフランス、ドイツを少し高みに置きアメリカを下位に座させるということをそれとなく物語の中身に織り込んでおるようでございます。

何はともあれ、小生が何故ロンドンやイギリスの文化に惹かれるのかもカズオ・イシグロの小説から明瞭に理解できたことはひとつの大きな収穫でございました。ありがたいことでございます。
英国の貴族、紳士と日本の武士、武士道の共通点も意外に多いものでございました。自己抑制とか自己犠牲、とりわけ行動や言葉、立ち居振る舞いや礼儀作法、着衣や品格についての数々の「こだわり」には日英両国の文化はもしかして同根なのではないか・・・という錯覚まで抱かせる小説でございました。作者が日系英国人即ち日本生まれの純粋日本人でまぎれもなく英国人というのも、それと思わせるひとつの大きな要因かも知れません。

丸谷才一という日本の作家がブッカー賞受賞作「日の名残り」の書評、解説を書いておられます。その文章もまたとても優れたものなのですが、あまりにも鋭い内容であるために、いくらか本編の良さを毀損しているようでしたので、優良な読者の方々は、まずもって純粋に何の先入観も持たずにただ無心に一心に通読されることを強くお勧めいたします。

これはまったく個人的な感覚なのですが、「夜想曲集」それはノクターンというらしいけれども「夜奏曲集」の方が字面としてより綺麗かな・・などとつまらないことを考えております。夜に奏でる曲の保存版集とか・・・なんとも言えずロマンチックではございませんか。

(筆者注:文体は「日の名残り」を真似ております。ご容赦下さい)

ありがとうございました
M田朋玖



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