コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ ダンケルク2017. 9.27

現在(2017年9月)上映中の映画の題名である。
「ダンケルクの戦い」と言えばフランスの海岸町を舞台に昭和15年6月(1940年)に起こったイギリス軍・フランス軍の大規模な撤退劇のことで、イギリス側としては敗北ではなく勝利として捉えているようである。

ドイツ軍に包囲され孤立した40万人もの将兵のうち何と36万人をイギリスへ逃れさせたのだから・・・。
時のイギリス首相、ウィンストン・チャーチルは「勝利」と明言していたようだ。
また映画でも惨めに敗走し逃れて来た兵隊をイギリスの市民が温かく迎えるところが感動的であった。
この救出劇・敗走劇をリアルに淡々と描き切った作品が「ダンケルク」である。
イギリス・オランダ・フランス・アメリカ4ヶ国の合作だそうである。
クリストファー・ノーランのメガホンで撮られたこの作品、個人的には傑作であった。

冒頭から終幕まで言葉は極端に少なく、映像と音、音楽だけで緊迫したリアルな臨場感を演出している。
空と陸と海。
それぞれの視点で物語が進行して行く。
その視点は必死に生き延びようとする若い新米の兵士であったり、イギリス人のボランティアの救出作戦に参加する民間船のオーナーとその息子だったり、その救出作戦を自らの生命や捕虜になる危険を冒してまで援護しようとするイギリス航空機(スピットファイア)のパイロットだったりする。
そうしてそれらの人々が最初バラバラに登場し、最終的に有機的につながっていく。

特に臨場感あふれる航空機、敵機や潜水艦に撃沈される軍艦の沈没するシーン、艦内の様子が見たこともないようなリアリズムで描かれていて驚嘆した。
あの名作ドイツ映画「Uボート」を彷彿とさせるがそれを少し超えている。

最も見応えがあったのはイギリス空軍の名機、スピットファイアとメッサーシュミット、ドイツの爆撃機とのドッグファイトだ。
とりわけイギリスのパイロットたちの勇敢な戦いぶりが感動的であった。

有名俳優はケネス・ブラナーしか出演していない。
この俳優さんがイギリスの将軍役で出てくるとどこか芝居がかってくる。
不思議な存在感だ。
その出演シーンだけ浮いている。
ややコミカルだ。
いずれにしても「ダンケルクの戦い」というヨーロッパの世界大戦の有名ではあるものの、光の当たっていなかった戦史をあらためて知ることが出来て興味深かった。

同じく第二次世界大戦中、アリューシャン列島のキスカ島から日本軍守備隊6,000人の無傷の撤退作戦も奇跡と呼ばれている。
映画にもなったし最近では松岡圭祐氏が「八月十五日に吹く風」で小説に著わしている。
日本の「玉砕」ばかりが喧伝されるが日本帝国軍にも人命尊重の立場を選ぶ気風もあり、そのことが終戦後の占領政策にも少なからず影響を与えていたようである・・・と松岡氏の小説には書き込まれていた。

撤退作戦と言うのは、言い換えれば救出作戦とも言えるもので、華々しい戦闘の物語よりもより人道的で現代的であるものと思える。

あらためて戦争においての撤退という場面における攻撃とはまた違う勇敢さを垣間見せられて面白かった。
今でも世界中で頻発している大小の戦闘地域、紛争地帯における撤収撤退、もしくは救出劇というものには必ず或る種の崇高な勇気、愛国心、同胞愛、隣人愛、が存するものなのだ。
また同時に人間の「生き延びたい」という欲求、エゴとそのモノ悲しさ、滑稽さ、その両方をさまざまざと見せてくれる素晴らしい人間ドラマ、戦争映画であった。

人間は「生きるために殺し合っている」のだとも思える。
相手(敵)を時には味方さえも殺したり見殺しにしたりしなければ戦争のような非道く切迫した状況においては生き延びられないのだ。
また襲ってくる敵を撃ち殺し多くの味方を救うことが、こと戦争においては圧倒的な感動感激を持って誉め讃えられるべき英雄的行為であるのだ。

長い平和と安全の中で暮らす多くの今の日本人にはこのことを明瞭に理解し、いざという時にそれらの勇敢な「殺人」を実行できる人が存在しているのかひどく心配になる。
「人命救助と殺人」
これが混在し併存しているのが戦争というものであり、紛争地帯の現実であるのだ。
そういう意味では日本の自衛隊の海外での救援、援助活動も武器を携行してそれを使用しなければ力を発揮できない、即ち「役立たず」に終わってしまう可能性だってあると想像される。

医師や看護師が医薬品や医療器具を持たずに海外援助活動をしようというのに似ていて、或る意味、喜劇的ですらある。
現在の日本国憲法にはこのあたりの活動について強い縛りがあり、国の防衛についても時々非道く心配になる。
しかるべき軍隊のチカラ(暴力)によってチャンと日本国民は守られるのであろうかと・・・。

暴力についての考え方が近頃の日本人に洗練され整理して理解されていないのではないかと思える。「暴力に暴力で応じる」ということが頭からいかにも不道徳であるかのような「思い込み」がまかり通っているような気がする。

所謂キレイゴトが全く通用しないのが戦争というものではないだろうか。また多くの日本人は、世界はいまだに至るところ戦争状態であることに気付いていない。少なくともそんな呑気さをその面差しにたたたえている。すぐ近くの隣国のそれさえ目に入らないでいるくらい。
そのような考えを思い浮かべさせてくれる映画であった。

ありがとうございました
M田朋玖



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