コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ アメリカ人2017. 9.15

多くの日本人と同じようにアメリカとアメリカ人には強い親しみを感じる。
筆者の幼い頃、昭和30年代だ。
近所にキリスト教系の教会と幼稚園があって、それを経営していたのは戦後日本にやって来て何がしかの啓蒙を目的としたのかは不明であるが若いアメリカ人夫婦であった。
丁度筆者の両親と同年くらいで、子供の年齢も同い年ぐらいであった。
確か弟は全くの同年で、家の玄関で仲良く写っている写真が残っている。

背が高く体格の良いご主人と金髪の巻き毛に度のキツイ眼鏡をかけた上品で優しそうな夫人で、近所の八百屋で買い物をしている姿を子供ながら眩しい目線でチラチラと見ていたのを思い出す。
とにかく何でこんな田舎にやって来たの?みたいなモノ珍しさはあったようである。
筆者の目にする最初のアメリカ人であった。

弟と妹はこの幼稚園に通った。
また彼らの子供たち全員と筆者の子供全員もお世話になった。
しつけの行き届いた廉潔な幼稚園で、園内には不思議に静謐な空気が漂っていて、保護者や園児たちを優しく包んでいた。

筆者は保育園にも幼稚園にも通ったことがないので良く分からないが、友人たちの数人はこの就学前の幼稚園時代を楽しそうに語り合っていて、いつも怪訝な気持ちにさせられる。
大人になり医者となって帰郷すると、まだその幼稚園は現存していて、請われて園医として年一回子供たちの健康診断をさせていただいた。

時々、園長先生(アメリカ人の夫人)がおられてニコニコしながら「子供たちは元気ですか」と日本語で尋ねられた。
その眼はあくまでもキラキラとして慈愛にあふれ、優し気であった。
キリスト教徒のアメリカ人というのは善良で優しくて真面目な人が多いなあという感想を持った。

園児が減少して経営が成り立たなくなったのか閉園の式が隣接する教会で行われた時にはスピーチを頼まれた。
説教台に立ち、マイクなしで話した内容は忘れてしまったが、或る聴者から「感動した」と褒められた。

件の幼稚園の先生の子供たちも確か5人くらいいたと思うが、それぞれの人生で成功し、その一人は世界的な企業の副社長になり、世界中を社用のジェット機で移動するというような身分になった。

中学、高校はこれまた何かの御縁かカトリック教系の私立のミッション校に入学し、この時も6年間熊本市内でも名の知れたアメリカ人の校長先生であった。
その他アメリカ人の教師や寮監や神父や、とにかく多くのアメリカ人やドイツ人に囲まれて教育を受けた。
幸か不幸か結果的に退学になってしまったが、不思議なことに大学時代に外国人と接することは無かった。
今思えばこちらの方が不思議である。

話しが前後するが20代後半から親しんでいたバスケットボールのチームにアメリカ人が通算合計5人くらい仲間になって一緒にプレーした。
そのうちの一人は友人の姉(日本人)と結婚をし、英語塾の先生として市内に住んでいる。
その一人はユタ州のソルトレーク出身で、当然ながらモルモン教徒でユタジャズ(NBA)のファンであった。
30代になると次から次に心理学のセミナーを受講していた時期があって、アメリカ人の講師の講義をいくつも受講した。
特にNLP(神経言語プログラミング)の創始者のセミナーを東京で受講したり、静岡県の某市で夫婦のアメリカ人講師にハンサムボーイと呼ばれて喜んだりもした(外国人に言われると不思議な気がする)。

40代頃にはハワイに住まうネイティブ・インディアンを先祖に持つアイルランド系アメリカ人と親しくさせてもらった。
年令は親子ほど差があったが不思議に気が合って、カタコトの英語で一日中語り合ったりした。
当時、心理学(交流分析)の大御所と言われていたミュリエル・ジェームズ(女性)とかメアリー・グールディングともサンフランシスコの世界交流分析学会でお会いできた。
ミュリエルさんは当時70才くらいであったが、ホッソリとした笑顔の美しい女性で、鳥のように華やかで可憐な趣をたたえ、高く清らかな声で聴衆に語りかけていた。
近所の幼稚園の園長先生と同じ目をしていた。

ことほど左様に遠近、今昔と色々なアメリカ人と接してきたが概ねそれらの人々は真面目で誠実で明るく親しみやすく親切でとても印象が良い。

日本は戦争でアメリカに負けて良かったのだと思う。
占領していた沖縄は返してくれたし、占領政策も寛容で少しも峻厳なものはなく、概ね倫理的で多く人道的なものであった。一方で旧満州や朝鮮やソ連からの引き揚げ時に日本人にくわえられた様々の残虐行為、略奪などあったと聞く。勿論善良な人々も結構おられたようではあるが。
結果的に日本はドイツと同じように驚異的な経済発展を遂げ、世界の先進国としての地位を築いている。

これがいまだに北方領土を返還する気配が全くなさそうなロシア(旧ソ連)とか中国に占領されたとしたらいったいどうなっていたのだろうと思うと背筋がゾッとするほど寒くなる。
旧ソ連の国々、当時共産圏に組み入れられた東欧の国々の歴史、中国に支配されているチベットの今の状況を思う時、アメリカ・アメリカ人に戦争で負けたということが今の日本の幸福を創っているように思える。

日本が唯一戦争で負けたのはアメリカだけである。
そうして少なくとも第二次世界大戦後の世界秩序の大いなる担い手として責務を充分に果たしているものの、ベトナム戦争の敗退とそれにつづくアフガニスタン侵攻の失敗と朝鮮戦争以来、こと紛争・戦争については痛い思いばかりしているように思えるアメリカ。
自信を失いかけているアメリカ。
そのアメリカに、その経済発展と人口の大きさで追い打ちをかけているのが今の中国ではないだろうか。
独裁国家の地歩を固めようとしている同国の習近平主席、ロシアのプーチン大統領。
いずれも善良な人物には見えない。少なくとも先述した人々のような美しく澄んだ目は持っておられない。

またもや話が政治的な流れになってきたが、現在のところ世界の中で唯一の超大国アメリカの真の原動力になっているのはそこに住むアメリカ人であり、自由の思想であり、今は多少混乱して見えるが偉大なキリスト教国家としてのプライドなのである。
少しというかかなりであるが大きな矛盾を抱え、そのことに全体として寛容であるのがアメリカ人の定型的というかポピュラーな「立ち姿」なのではないだろうか。

エルドレッドという広島東洋カープに助っ人外国人がいる。この人物を見ると、前記した園長先生、校長先生を思い出す。金髪で背が高く体格が良い。前任の監督、野村謙二郎にその真面目さを買われて敢えて起用されたとのことであった。彼が野球の試合で活躍し、原爆を投下された広島の地で市民から熱い声援を浴びている姿を見ると感動する。なんと美しい光景であるかと・・・。そこに日本人とアメリカ人の無意識的な深い「愛とゆるし」を見るからである。

ありがとうございました
M田朋玖



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