コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ ファーストクラス2017. 6.22

海外旅行に出かける時には、それが主にヨーロッパとかアメリカの場合、出発時刻が午前だろうが午後だろうが、はたまた早朝だろうが深夜だろうが筆者にとっては夜間飛行である。
いずれの時間であれ客室内は暗くされ、半ば眠ること、寝ることを強制される感じになるからだ。
モチロン筆者としても狭いエコノミークラスの座席を出来るだけ心地良く眠れるように手荷物やら枕やらを整えて“ベッドメイキング”を入念にして7、8時間から10時間余りのフライトをやり過ごす準備をする。
若干ある閉所恐怖症気味の精神も通路側に取った席と、何と言っても強力な旅の味方“睡眠薬”をよくタイミングを見計らって服用するだけで断然快適さがちがう。
飛行機の中にいる間は食事とトイレ以外はできる限り眠って過ごすと心に決めて、それ以外の一切の行動は読書や会話を含め頑張って切り詰めるようにしている。

こういう工夫のお陰か旅先で時差ボケとか体調不良を起こしたことはない。
またワザワザ大金を出してビジネスクラスとかファーストクラスに乗ろうと思ったこともない。
ただ眠って過ごすのにそれほどの空間や費用はいるまい・・・というのが筆者の考え方である。
その分のお金は別のことに使った方が満足感も深かろうと思えるのだ。
あくまで考え方の問題であるので、異なる考えの人かお金の余っている超富裕層の人なら当然座席のグレードアップも結構なことであろう。

人間はいったんある程度の快適さ、贅沢さを手に入れたならばグレードダウンは難しいと思うので多くのお金持ちが貧しさを恐れるように無駄な贅沢さ、無用な利便性を恐れている自分がいるのを感じる。
災害や戦争など“何かあった時”に困るではないか・・・と筆者は考えるのだ。
そうして少しばかりの野生を残しておきたい・・・というのも個人的な美学ではある。
たとえば好きな女性を混んだ電車、たとえば新幹線などで東京からやっと空き始める山陽新幹線の主要駅くらいまでは座らせてあげてじぶんはずっと立っていられるくらいの逞しさといったような野生である。
とにかくあまりにも自分を甘やかすということはできるだけしないようにしている。
基本的に痩せ我慢が好きなのである。
それも目に見える痩せ我慢。
目に見えない自分だけの贅沢と言うのが飛行機の中で服む睡眠薬というものである。
それて心地良いイメージングがかなり不快的な海外旅行におけるエコノミークラスという空間を桃源郷に変える。
それもかなり安上がりに・・・。

たとえば多分一生乗らないと思うのだけれども、片道100万円以上もするヨーロッパ旅行でのファーストクラスを考えた時にたった数時間の睡眠時間にそれだけを費やすということに何となく罪悪感というか自責感というのがあって自分がそれだけの価値のある人間とは思えないし、費用対効果という点で少しも満足感がないのである。
恐らく貧乏性なのであろう。
それでも物凄く大切な人が重い病気になって海外で手術をしなければならない・・・なんて状況でファーストクラスに乗ってもらうとなると全く話は別で、喜んでそのように段取りするのではないかと思う。
これまた想像したくない状況であるけれども・・・。

以前、米国同時多発テロ・9.11の時にハワイ行の飛行機に乗ったらガラガラであった。
この時ばかりはエコノミークラスといえども座席3席くらいを独り占めにして長々と横になって眠って過ごしたけれども、これはかなり快適であった。
こんな時にもファーストクラスに一人きりで乗っているオジサンがいたけれども出口のところでその時には酷く滑稽で間抜けに見たものである。
当時のファーストクラスであるから値段は今と変わりないのに空き空きのエコノミークラスのようにフルフラットにもならず結構気の毒であった。

・・・というワケでファーストクラスには当分縁がないと思うし、また殆んど乗ろうとも思わないのでこれからその手の欲望を持たないことが筆者の人生の目標のイメージアップとして現状がイマイチである理由かも知れない。

昔、20代後半の頃アルバイトをしてためた100万円を持って街に「使ってやるぞ」と遊びに出かけたものの、ほんの1万円も使わずに帰って来てしまった。
これは2回ほど挑戦してみたが全く同じ結果であった。
この時の経験は今でも結構貴重な感覚であって、人生の本当に面白いことにはお金は役に立たない。
少なくとも筆者には明瞭に言えることで「明日、地球が滅びる」とかでなくても「明日、死んでしまう」と分かった時にもいくらかのお金、それがかなり莫大なものであっても使い道がない・・・というよりやる事がないことにあらためて鮮明に気づかされたのである。

これは一度は考えておくべき事柄で、一日一生と決まった時に人間はいったい何をするのか時間やお金を何に使うのかを深考してみるのはとても有益なことではないかと思える。
それこそ飛行機が墜落する時にエコノミーもファーストもない。
どちらも確実に死ぬと理解した時には自分ならどちらに乗っていたいと思うだろうか。

人々とより近くにいて寄り添って手を握り合い、抱擁し合い、慰め合い、励まし合って過ごしたいと思うのではないだろうか。

お金があることはとても良いことである。
それでも孤独で独りぼっちであったならば人生の喜びという意味で本末転倒なのではないだろうか。
自分だけの喜びの為、快適性の追求の為にだけお金を使うことの虚しさを象徴しているのがこの贅沢のシンボルである飛行機のファーストクラスというものへの筆者の個人的な感想というか評価である。

ありがとうございました
M田朋玖



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