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■ 1本 | 2019.12. 5 |
電話1本、メール1本、ハガキ1枚などほんのささやかな行動を「しなかった」ばかりに全てを失った人々を時々見かける。 「全て」というと大袈裟だがお金より大切な「信頼」「信用」「愛の証」という金銭より大切な無形のモノを失った結果として「全てを失う」という結末。 概ね不運不幸な人にこれが多く、個人的調査では「名前の悪い」人に多い。 何故か分からないが「不運の人」の多くが「名前の字画が良くない」という特徴を持っておられてそれを変えようという意図が極めてうすい。 結果、弱運となって多くの大切な御縁や運を逃がしてしまって困窮するということが多々あるようである。 「お気の毒」としか言えない。 電話1本の御礼、メール1本のお祝い。 これを欠かすことの重大さは時により計り知れないほどの「損失」をその当人に与えることがある。 他人の心を推し量れない人特有の自己中心主義者のモノであるが真の意味のその「者」はそんなウッカリミスなど決してしない。 組織や人間関係の構造やカラクリが良く分かっているので そんなチョンボは絶対しない筈なのだ・・・。 こころが他所を向いているとチョクチョクこれが起こり、物事の順逆を生じさしめ個人の平穏、成長発展をブチ壊してしまう。 1本の欠礼がそれこそ「生命取り」になるのだ。 「優先順位」がキチンと心の中に整理して配置されていないとこういう事態が頻繁に起こる。 意外であるがボーっとした人よりも「小賢しい策士」にこれが起こりやすいことは知られていない。 「策士策に溺れる」という言葉がある。 「シメシメ、ウマくいったぞ、イっているぞ」という慢心がこれを生じせしめる。 「或る人物の機嫌を損ねる」 このことがいかに或る特定の組織や個人の状況、環境、事態を悪化させるのか。 油断しているとトンデモない窮地に陥らされてしまう。 用心、用心だ。 その人物が何を大切にしているか、また何を大切にすべきかをよく峻別して「すべき」を常に優先するべきと思える。 自身の人生生活の防衛と安定の為に是非とも身につけたいセンスだ。 「その1本」を欠かしている残念な多くの人々だけでなく、それらを習慣的に実践して成功や富を手にしている人々に対しても「ウッカリ」は一大事ですヨと。 警鐘を鳴らしてみた。 クワバラクワバラ、自戒自戒だ。 ありがとうございました M田朋王久 |