コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

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■ オートバイ療法2019. 8.29

バイク漫画の巨匠、東本昌平氏によると「バイク趣味を人に勧めてはイケナイ」とのことであったが、筆者の影響かどうか不明であるけれどオートバイに乗り始めた男性の多くが精神疾患・・・それもその軽重に関わらず軽快しておられて、人によっては服薬もやめてしまった方もおられる。

バイクに乗り始めると顔が引き締まってくる。
男性だと少しく精悍になる印象だ。
ついで仕事が苦にならなくなったとも・・・。
これは10年以上前からウスウス感じていたことで、入院中にバイクの免許をわざわざ取って乗り始めた男性の何人かは退院後全く来院しなくなった例もある。
伝聞によればそういうメンタルな不調に対して治療をしているという話もない。
知人の自動車の販売店の婿養子の男は家庭内の事情かどうかは不明であるがオートバイに乗ることで精神的自由と活力と深い癒やしを得ておられるとのことであった。

男女共この傾向があるが、どちらかというと男性にこの流れで治癒した例を多く見かける。
この治癒過程のメカニズムを多分に推測的に記してみたい。

オートバイに乗っているとスピードとスリルで強い緊張感を強いられる。
また、さまざまな決断を迫られる。
少しのミスも怪我や事故に繋がる。
乗り手に素早い判断力と決断力と課題(危険予知)を次々に提示してくる。
それらの「脳内作業」は自分自身との対話「自問自答」でヘルメットの中の脳は言葉だらけで実のところ高度発電状態で心が落ち着いていて自分と仲良く会話していないと良質で安全な判断・決断はできない。

これらの対話を通して人間関係の重要な部分、即ち「自分との関係」を信頼と親密さで結び合わせ、その喜びを知る。
多くの精神を病んだ人々は自己肯定感が低く自己信頼など殆んどできず、また自分との対話もできなくなっている。
結果的に家族・親族を含め他者との関係を上手に築くこともできない。

他者との関わり合いの前に自分との関わりが大切で、究極的には自他は一体であるので人間関係の基本である自分との関係を確固としたモノにする為にオートバイの運転が適しているのではないかと考えるのだ。
クルマと違って特殊な場合(インターコムなどの設備を装着している場合)をのぞいてオートバイでは会話もできず音楽を聞けない。また剥き出しの肉体が外界と接して自動車のように鉄製の防護板やエアバッグもない。
せいぜいヘルメットとグローブと簡単なプロテクター程度だ。
一般に転倒、即怪我・・・即ち「すぐそこにある」恐怖と隣り合わせということになる。
このような状況の中で頼るべき唯一の存在は自分自身の運転技術、安全交通についての知識、気力、体力、経験など全的能力、潜在力をフルパワーで燃焼し爆発させつづけなければならない。

これらの精神と肉体の作業が頭脳に良質な刺激を与えてくれるのかも知れない。
また最も大切な要素。
それはバイクの運転が素晴らしい楽しさ、愉快な気分を脳の中に、全身に創出するということだ。
脳内のドーパミンとアドレナリンとセロトニンとか微妙に混じり合って自然調整されていく・・・。
そんな風な想像をしている。
うつ病と統合失調症など重い精神疾患をバイク乗りとの因果関係、相関関係についての研究はあるやも知れないが少なくとも当科ではそれらのデータをいくつか提出できる。
メカニズムとしては不詳。
推論の域を出ない。

臨床医としては「治ればいいじゃん」という風に単純に割り切っているので自分自身がバイクで得ている精神の調子の良果とも勘案する時、バイクの治療効果は「ある」と仮定できる。

オートバイに乗って海や山に出かけてそれらの美しい自然に接した時の「喜び」は言葉に出来ないほど素晴らしく、深くて大きい。

この精神状態、危険と隣り合わせで或る意味生命がけの所業(オートバイに乗って運転する)が少なくとも軽症の精神疾患には有効な気がする。
少なくとも「生きよう」とする精神的エネルギーが高まると考察している。

決して「お勧め」はしないが・・・。

ありがとうございました
M田朋王久



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