コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

[戻る]
■ 自分の人生2019. 6.30

ウェイン・W・ダイア―の著書で「自分のための人生」というのがある。
30代の頃にその文庫本を買って愛読した。
自分の人生は自分の選択、行動でいくらでも充実したモノにできるというもので、全くもって「然り」である。

65歳を過ぎて自由をさらに満喫するようになった。
自分の生活やスケジュールに少しでも義務的なモノを感じたら「やめる」ということをする・・・これは「スーパーマインド」の著者、バーノン・ハワードの強いメッセージでもあるが・・・言っていることの本質は同じ「自分を主人公にした自分の人生」を意識すると毎日の行動や選択が微妙に変化してくる。
自分にとって少しも楽しくない催し事やパーティー、またいくらか有益で「為になる」講演会などもそれが楽しくないと判断したら参席も差し控えている。
それが全く有害無益ということはなくて何かしらの学びや自己成長の為の情報や感動や「御縁」を頂戴できるのであるけれど、どうも足が向かない。
メンドクサイ。
これが年を取るということなのか・・・と思うけれど、残りが少なくなった人生の時間を考慮すると楽しくない活動で時間を潰したくない。
そういう「決心」をしたので本当の意味の「義務」以外には殆んどのスケジュールを空けてある。結果以前に比べ心がその減量の応分に軽い。

あれこれと選択・決断に悩むこともない。
「楽しいかどうか」
これが第一等の基準。
「人生は時間」なのである。
楽しまなければ大損だ。
自分の人生を楽しいことばかりで埋めつくすワケにも行かない・・・と考えている人が殆んどと思うが本人の努力次第でそれらの楽しみ事に満ち溢れた人生を過ごすことができはしないかというのが筆者の考えである。
こういう心理的な問題ですらそれでも「努力しないで得られる良果」はやはり少ないとも言える。

まず降って湧いたような禍々しい病気、厄災、事故などは楽しい人生の大敵だ。
日本国の場合、時に地震や水害などの天災もあることだし用心に越したことはない。
日々の精進や善行、信心などは上記した厄災除けにかなり益すると考えているし、そういう事柄の類例は難を逃れた自分も他者も含め数限りなく見て来た。
その努力とか工夫の土台の上に「楽しい人生」が乗っかっていると考えれば良い。
今現在、楽をしている、豊かな暮らしを送っている人々を見てもすぐに羨ましがるのではなくてそれらの境地に到達するのにその御本人がどれだけの努力をし、その結果としての幸運や良縁に恵まれたか、ということをまず知るべきである。

戦後の日本国の奇跡的な復興繁栄も多くの日本人の血の滲むような奮闘努力と精進の賜物なのである。
それらが単なる天恵のように思って豊かさだけ享受するというワケにはいかないのだ。
しみじみと衰退しているかつての大国、大英帝国、米国、日本国、フランス、イタリアなど超大国を含めそれらのかつて繁栄を謳歌してきた国々の衰退もそれぞれの民族の怠惰・怠慢・不徳を背景に生じていると考えている。

これらの国々ですらそうであるのに個人の人生なども正しい方向性を持った正当な努力をして来た人間の豊かな実りの収穫は何の罪悪感も自責感も持たず、誰はばかることなく味わい尽くせばよい・・・と最近考えるようになった。
ただし幸田露伴という昔日の文人が語っているように「福」・・・それがたとえ自分の正当な努力によって得た類であっても「惜福」「分福」「植福」という考え方も加味して味わった方が良いだろう。
万全を期して。
つまり「独り占め」しないということである。
「独り占め」と「欲張り」による不運、不幸、転落もまた少なくない。
自分の豊な人生も親や祖先のみならず世界中の人々(人類)や過去の人々の努力と英知、周囲の人々の温かい援助によって成り立っていることはキチンと承知しておくべきだ。
残念ながら多くの人はこのことをよく忘れる。
「自分の力だけで偉くなった」と思っている人が時々いるが勘違いも甚だしい。
理屈としてそういう人間はこの世に存在しない。

たとえば筆者はオートバイを楽しんでいる。
その為にまず道路を造ってくれた人々がいて燃料を造ってくれた人がいてバイクウェアやその他の付属品を造ってくれた人がいて、はたまたそれを味わえる時間と豊かさを与えてくれた多くの人々・・・それは計算上は3千万人くらいになるそうで、その上そのバイクそのものも自分はネジ1本造り上げることができずメーカーの人々の手や機械によってしか愛車の形成には1本の手ほども参加できず、ただひたすら「乗せていただく」のみなのである。

このように人間が生きてその自身の肉体で色々な楽しみ事を味わうのに多くの人々の協力と愛が絶対的に必要であると強く自覚しておくことはその楽しみの「喜び」を増幅させこそすれ減じさせることはない。
かえすがえすもありがたいことだ。
「神様・仏様・ご先祖様・人様、どうもありがとうございます。お陰様で素晴らしい喜びを感得できます。感謝。」なんて言葉を内的には発しさせるほど深い愉悦を味わっている。

ところでイギリスの文豪、ウィリアム・シェークスピアの小説に「暗い気分とネガティブな言葉は不運の暗雲を呼び込む」という言葉がある。

全くもってそのとおりで逆の文章を作ると「明るい気分で肯定的な言葉を発していると幸運を呼び込む」となる。
それを信じて毎日行動し、気分のコントロールをすれば少なくとも降って湧いたような不運に見舞われることは少なくなりそうだ。
試してみる価値はあるだろう。
「明るい気分」だけでも人生の時間を過ごすのに、それそのものが「幸福・幸運」に違いない。

「自分の人生」なのであるから自分を主役とした素晴らしい人生を生きる為に、まずハッピーな脚本を作っておくことだろう。
豊かさに満ち、人から感謝され、愛され尊敬される楽しい人生。
感謝や尊敬はあくまで結果であるので、その為の行動へのヒントをひとつだけ述べておくと「奪う人生」でなくて「与える人生」
これは周囲も自らも豊かにする純粋に経済効果も生む行動である。
モノを買うこともサービスを受けることも人に可愛がられることもサービスを受けることも「与える」行動であることは強く言い添えておきたい。

「多くの人に愛される」ということはそれそのものが心理的に「与える」ことになるのだ。
多くの人の心に「愛の灯」を点けてあげてことになるし、多くの人気タレント・歌手・俳優さんがそれらの存在として自身が豊かになっておられる。
また「与える」という気持ちで色々な支払や借金返済をすると心理的に気分が良いだけでなく経済効果、即ち「利」にもつながるらしい。

「自分の人生」とあらためて、振り返ると「感謝」という言葉に行き着く。心の中で両者はいつもワンセットだ。

ありがとうございました
M田朋玖



濱田.comへ戻る浜田醫院(浜田医院)コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせいよくある質問