コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 自由時間2019. 4.22

今は世の中がデフレ―ション傾向にあるので人々の多くはお金を大切にしている。
即ちモノよりお金が価値高く感じられるからだ。
そもそもモノと言っても価値が下がる類と上がる類とに分かれる。
中には最初からゴミみたいなモノもあるし、ただ単に消費されるだけのモノもあり、この峻別をしてモノを買っている人は見まわしてみてもあまり多くはないように見える。

それは殆んどゴミにしか見えない商品群で埋めつくされている
ショッピングモールに祝祭日に多くの人が集まっているのを目にするからだ。
消費される物品・・・それは飲食物、ティッシュやトイレットペーパーなど汚物の処理に使用してすぐ捨てられる物や排泄物や人間の細胞に変化するモノ・・・と。
衣類など購入された途端に価値を失うモノだ。
再販価値(リセールバリュー)についてはいくつかの貴金属か価値の上昇が見込まれる一部の美しい日本製精密機械など、どちらかというと稀少で購入時に幾分高価で手に入りにくい類についてだけ価値の上昇が少しだけ見込まれる。
ただしパソコン関係はそれを支配しコントロールしている徒輩から次々に機能変更がなされて腹立たしいくらい古い物がガラクタになっていく。

所謂骨董的価値については時間という物理的経過が加味される必要がある。
つまり15年とか25年、50年、100年という年月がモノの価値の上昇に稀少性と同様の作用をするということだ。
時間とお金とモノと比べたらこれは時間が最も貴重だと個人的に認識している。
莫大な富(お金とモノ)を所持していたとしてもその本人が時間、それも自由な時間を持っていなければそれらの富を使ったり味わったり利用したり活用したりできない。
たとえば「死」たとえば「病」たとえば「牢獄」
これらの人間の状態は「自由な時間」「自由な活動」を強く制限するのでお金やモノなどの富が無価値と同然となってしまう。

これらのことをキチンと諒解しないで無闇やたらにお金やモノを欲しがっている愚者を、犯罪者の中の多くや、ニュースや映画などで数多く発見することができる。
犯罪ほど割に合わない「ビジネス」(?)はない。
それで得た金銭や物品は全く使えないか霧散してしまうことが多い。

また上記したように、獄舎に繋がれる可能性もあるし、仲間割れとか殺されるとかのリスクもあるワケで、失う可能性の高い極めて貴重な「人生の自由な時間」と秤にかけて実行するほどの価値があるかどうかよく自問自答し、心理的にキッチリ解決しておいた方が良いと思う。
本当の賢人は犯罪などに手は染めない。
それを実行するのは大バカか、自分で自分が利口と思っているもっとオオバカのみだ。
また真の賢人は人に上に立って目立つ行為とかは滅多にしないものだ。
それらの本来「楽しかるべき」人生に及ぼす害悪は総体的に見て計り知れないほど大きい。

ニッサンの元会長カルロス・ゴーンさんも何が起こったか定かではないが、結果的に一時的にでも「牢」に入れられた。各国の国家元首という人々、それも独裁者という人々が個人の自由な人生の時間を賭して得た自らの富と権力がいかにオソロシイ自刃の剣であるか気づいておられない風で気の毒に見える。いつもとても怯えておられる。また著名人や有名人も同様に見える。それらの人々には「悲しい末路」という人が想像より多い気がする。
余計なお世話であるが・・・。

こう考えてくると人間の持つ最大の富は自由に心地良く使える精神と肉体(健康)と時間であることにあらためて気づかされる。

モノとかお金とか、ましてや大きな権力とか名誉とかを、生命がけで欲する人の気が知れない・・・と最近特に強く思う。

人生における価値の付け方は各個人それぞれであろうけれど、この年になるとそんなことを常に自分に言い聞かせながら毎日を過ごしている。
「健康と自由な時間」
この為に色々な工夫もしている。
余計な活動、無意味で楽しいと思わない活動、付き合いは控える。
飲食物に厳格に気をつける。
楽しいか楽しくないか常に検証する等々、これらを通じて毎日の行動を選択するようにしている。

「この行動は大切な人生の時間を費やす価値はあるのか」

この自分への問いかけはとても有益である。
結果的にワザワザお金と時間をかけて旅行に行く必要もなく、何かしらの集まりに出かけていく必要も全く感じない。

この日本国の田舎町に住んでクルマやオートバイにガソリンを入れ、その辺りをぐるぐる走りまわって帰って来て静かに好きな本を読んで心地良く入眠する。
これだけの行動で素晴らしい満足感、幸福感を得ている。
勿論これらの暮らしを支えてくれる多くの人々、日本国、世界中の人々、神様、ご先祖に感謝を欠かさないし自分の持つ経済的なチカラで、自分の許容範囲で誰か・・・それは愛する人々を養育させてもらっているという喜びも心の底にあってそれを実践できるのは「仕事」しかないので、これについては別述するがとても大切にしている。
またそれを楽しんでもいる。
実にありがたいことだ。
ついでに健康3訓
1)少欲多施
2)少憂多眠
3)少考多楽
てか。

ありがとうございました
M田朋玖



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