コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 警察署2018.10.24

特に悪いことをしていなくても警察署の建物は当然ながらいかめしいし近寄り難い。
現在の社会的位置、年齢「業」を考慮するともっと親しみを感じて良い筈であるけれど、非行少年時代のトラウマがあるのか今でも警察署に行くと免許証の更新ですら無意識に湧いてくる恐れの心でドキドキする。
これは常人のごく一般的な反応なのかも知れないけれど友人知人の中には割と気軽にそこに出入りして顔見知りの警察官とか署長さんとかを訪問してお茶を飲んだりもするようである。
考えられない。

我が町、人吉市では街の南側寄りを東西に貫いて流れる球磨川が川南と川北に区切っている。
川南には地元の領主・相良藩の居城の跡のうっそうとした森山が苔むした石垣をおおうように街の東南に座して或る種不気味な景観を呈している。
モノ好きな観光客でもなければ簡単にそこに出入りするのを躊躇われる。城の番人のように「森の魔神」が棲み隠れてそれとなく鎮守している・・・そんなたたずまいである。

それらの配置に呼応するように城跡の西側には市役所、そのまた西側には裁判所、検察庁、保健所、医療センターなど国や県の出先機関など、公的機関の殆んどが在し、そしてさらにその西南端に市を横切る国道219号線のバイパス沿いに人吉警察署がある。

一方、川の北側にはそれを眺望するようにホテル・旅館や病院が軒を並べ、さらに北側の通りに少し入ると飲食店、さらに北側の「肥薩線」という呼称の鉄路の沿線にはかつての遊郭、花街、色街の痕跡が並んでいる。
戦前・戦後には農林畜産品の物流の重要な中継地として駅舎があったのでそれらの近傍に色街が発展し時代の栄華隆盛を誇ったのである。

今は勿論スッカリ寂れ果て単なる老人の雑居住宅、或いは古い廃屋になっている。

この辺りに在している住人の、特に女性の中にはいかにも遊女のような体形と容姿を備えている所謂小股の切れ上がった「柳腰」の美しい女性がチラチラ散見される。
今では年齢がいって鬼籍に入った人々も多いが、それらの子孫たちにそのような趣をたたえた女性が多いという印象がある。
男女とも「夜の遊び」に携わるいなせな人々が多い気がする。

青年会議所に入っていた関係で海外を含め全国各地を訪れた経験からも、比較すると我が町・人吉の女性達が幾分か肌の美しい体形のたおやかな佳人が多い傾向があるのは昭和60年代から気づいていたことであるし、訪れた人の多く、特に男性の感想でもあるようだ。
流石に城下町、と言えるかも知れない。

警察官の知人の話では人吉という町は転勤地、赴任地として人気が高いらしくその因として人の良さ、食べ物のおいしさ、親しみやすさなど総合的な居心地の良さがあるようで、個人的な観察では人吉の人々の田舎にしては比較的に文化の水準の高さや人情の機微が細やかで、マナーなども正調で美しい・・・というような評価があるのではないかと勝手に推測している。
総体的に男女共、大人しくつつましやかで言葉遣いも概して丁寧だ。

日本中、警察署というところはオソロシク定型的な作りで造形的に何の変哲もない。
今は窓枠に格子が入っている建物も今は少し減っているようだ。
ガラスの強度とかの関係か不要なのであろう。

江戸時代は警察署を奉行所と称していて、その署長さんもお奉行様として恐れられていた。
勿論、それなりの権威も有している。

山本周五郎の作品で「町奉行日記」というのがある。
同作家には現代物の警察小説「寝ぼけ署長」というのもあって、両作品とも筆者の愛読書だ。
特に前作は名匠・市川崑監督で「ドラ平太」のタイトルで映画化された。
これは小説を忠実に、色彩豊かに再現しているし主演の役所広司の妙演もあって極めて優れた作品になっている。

数年前の夏にはその警察署で講演をさせてもらったことがある。
内容は「ハラスメント」についてで、予想外に評判が良かったし自身でも「受けた」という実感がある。

人前で話すということについて抵抗はないが得意という程でもない。
ただ警察署での講演はとても話しやすい。
何故かというと皆さん真剣に聴いておられるからだ。
一般に「イヤイヤ仕方なく聴いてます〜」という雰囲気が特に学校などで顕著であるのに警察官の場合、上司の話を聞き逃すというのは大変な失態になるのか聴講時には背筋を伸ばし演者を見つめ手を膝の上に置いてシッカリ聴いておられるので緊張しそうであるが逆に「頑張って話す」必要がなくリラックスして話すことができた。

南側の大きな窓から明るい陽光の降り注ぐ白々とした署内の講堂に署長、副署長、総務課長など地方の警察署の上位三職が最前列に顔をそろえてそれぞれの身分に応じて一定の枠組みがあるのか見知った顔ぶれを拝顔しながらの講演はとても楽しいものであった。

免許証の更新時の講習とか最近はテレビの特番での警察24時など「警察応援」放送の効果もあってか概ね警察及び警察署の印象は最近極めて好もしい。

何しろ治安を守ってくれているのであるから市井の一般庶民としてはその存在はとても有難い。
特に県内で800件近くにのぼるとされるDV(家庭内暴力)やその半分のストーカー被害など、特に前者(DV)の悲惨な例では110番通報時に来てくれる警察官とか「神様」に見えたというくらい有難がる「家族」もいるくらいだ。

何のかんの言ってもイザとなったらやっぱり「ケーサツ」なんである。
これは一般には上位と認知される裁判所や検察庁よりも人間味、人情味も世情に長けているという点でも今のところ人間のトラブルの解決者として警察署に優る有意の公的施設は発見できないがこのことに明瞭に気づいている人は少ない。
日本の警察の場合、善良な一般庶民の味方であり諸外国でみられる悪徳警官などは少ない。

ただし、「朱に交われば赤くなる」の諺どおり悪人に接触する機会が多い職域の警察官の場合、それこそ「赤く」なってしまう方もおられると週刊誌などに書いてある。

ありがとうございました
M田朋玖



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