コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 将来予測2018. 9.22

30代半ば、平成ヒトケタの時代に船井幸雄という著名な人物のセミナーに出席した。
宮崎市で開催されたそのセミナーは知人の誘いで参加したのである。
「将来、医者の仕事はなくなる」
何故なら病気になる人がいなくなるから、或いはあらゆる病気は簡単に治ってしまう時代が到来する・・・というモノであったが、30年近く経ってそういう気配は今のところ全くないようだ。

当時から純朴であったので素直に信じて、以来医者を辞めても良いように他方面、多方面の勉強をしておこうと色々な書物を読み、セミナーに参加するようにした。
それらの勉強は振り返ってみて全然無駄ではなかったが船井先生の予測は現時点では見事にハズれている。
社会や周辺を見まわしてみると当時より病気は逆に増えている実感がある。
特に生活習慣病の糖尿病、肥満、脂質異常、脳梗塞、また精神疾患のうつ病、統合失調症は社会環境の悪化か食生活を中心としたライフスタイルの変容の為か「病気が蔓延している」様相を呈している。
とにかく景気は悪いし所得が伸び悩んでいるのに労働条件、即ち労働時間・労働の量は増加している。
また食生活の環境が極めて悪い。
外食産業(飲食店・)配食サービス)の提供する料理もおいしくはなったが健康的な類は少なくコンビニエンスストアやスーパーマーケットには心身に有害な食品があふれかえっている。

こんな社会状況なのでテレビのドキュメント番組などでチラ見する人々の様子を観察すると、特に外国人の殆んどは肥満者が極めて多い。
過日、ディープな店を探索する「入りにくい店」シリーズ(NHK-BS)を観たらオーストラリアのその店のお客さんは老若男女、皆さんすべて高肥満者であったので心から驚いた。
大量の肉とビールや各種のアルコールをがぶがぶと摂って野菜などを殆ど食べないのだから見事なほど見るからに不健康そうであった。

日本人の多くはマシに見えるが、週末にショッピングモールを周遊してみるとポッコリお腹の男性を外国ほどではないが結構見かける。
そうして女性の「痩せ過ぎ」
いずれにしてもこんな有様で健康であるワケがない。

心についても肉体についても環境的にも最悪な状態であるのにそこに暮らす人々が正しい知識を得てその上に或る程度強い意志を持って実行して得られる結果が健康・・・病気のない状態を定義しても・・・なのであるから船井大先生の未来予測はハズれる必然要件が現代社会にはキチンととりそろえてあるのだ。
そういうわけで医療人のハシクレからすると病気がなくなるとか医者の仕事がなくなるとはとても思えない。

空港で購入した「日本の国難」中原圭介という48歳の経済評論家の本を飛行機の中で読んだら将来は医者が淘汰され、ざっと1万人〜4万人は余ると書いておられたが俄かには信じられない。
この人物は船井幸雄氏と同じ「星」であるし小泉政権時代の経済政策を担った竹中平蔵氏とも同じタイプだ。
そのせいか言っていることが意外に短絡的で独りよがりだ。
自分の思考や理論に酔っている印象がある。
親しくしていた裕福な社長もこのタイプであったがモノの言い方が断定的で自信家すぎてどこかオカシイ。
論理の矛盾がたくさんあっても自説についての自信が極端に強い。

件の中原圭介氏によると・・・この人物はリーマンショックを予測したとして有名であるらしいが一回当てたからと言って次々世当てられるとは限らない。
立派な事を書いたり行ったりしている人物が立派な人間であるとは限らないのと同様で、これは多くの人がするマチガイだ・・・。
AIの発達のスピードが速くて人口減少を追い越すほどのレベルであるので失業率が増加するという論と同じようにAIが医者の替わりをするという御説である。
確かに大量のデータを含蓄したAIに診断や処方を任せたならば生の医者よりもはるかにスピーディーに的確に正確に治癒に至る例があるかも知れない。
特に内科疾患の定型例では多分、部分的に導入される可能性は極めて高い。
実際に医療機器の一部ではAIが入れ込んであり疾病発見、治療選択に大いに役に立っている。
ところが最終決定者・責任者となるとどうしても人間となるのだ。
これは過日、自動車会社の検査システムにおいて最終検査者が無資格だったことが大きなスキャンダルとして話題になったが、これは医療においてはさらに厳格に適用されるであろうし、この最終決定者・責任者としての仕事が制度上どうしても残るのではないかと思える。
これが機械まかせになるとはとうてい思えない。
ただAIの動きを「見ているだけ」の仕事であっても医者の存在が診断や要件として絶対的に必要と誰もが考えるのではないだろうか。
筆者も医者であるので医者の側の理論を選択しやすい、所謂「ポジションシンキング」をしやすいと考えてもこの中原先生の予測は少し違うような気がする。

ただ格差は生じるかも知れない。
これは医療に関わらずすべての業種業態に当てはめられることで貧者と富者の格差、イヤな言葉であるが「勝ち組、負け組」が益々ハッキリとその勢力図の拡縮を形成すると考えられる。

また医療においては西洋医学の世界的浸透の為にその個人の多様性・特殊性を無視する傾向があるが、これは現場の実臨床家の経験するさまざまな個人の体質、遺伝、食生活、職場や家庭における人間関係、生い立ち等の超多面的な分析をしていくとAIの入り込む余地があったとしても人間の診る医者のサジ加減をその多様性に入れ込むのは相当にムズカシイと思える。

ただし医者がAIと戦うだけの、或いは共働できるだけの能力を身につけるべきであろうと思えるが、それは「独自性」「オリジナリティー」なのではないだろうか。

「今日の治療指針」という毎年発行される医者の「参考書」は大変良い書物であるがとても不完全な作品である。
あくまで参考書以上のチカラは持たない。
AIも日々超スピーディーに進化したとしても大きな陥穽は人間についての霊的な理解の欠落と思える。
そこまでAIが踏み込めるかが決め手であろう。
そういう取り組みについてはデータ集積に参画できるかも知れない。
これはあらゆる分野に言えることであろうけれどもAIの活用も人間との「共働」というのが最大のポイントと思える。

クルマの自動運転についてもよく考えてみると人間の能力を奪ってしまう可能性だってあるワケだし、そもそも運転免許の存在意義の問題もあるので「自動運転」と言った場合、個人的には「公共交通機関」と認定すべきで一般の「人の運転する」自動車と明確に一線を引いておくべきと考えている。

医者の替わりにAIが・・・というのは素人の考えで、筆者の予測では
@医者がAIを使いこなす
A医者とAIが別個に仕事をする
BAIが医者の仕事を凌駕する
@とAはあり得てもBはないと予測している。
部分的にはあり得るが・・・。
人の予測というものを無邪気に信じるほど愚かではなくなった。
けれどもAIの医療への侵出は止めようがない。
医者の仕事がなくなって医者があまるという事態はやって来ないと思える。
これは手前味噌的な楽観的な予測ではなくてここに書ききれないほどの反論がある。
ただし人口減少の問題は残るが生産される医者もいるし、廃業される医者もいるから相殺されると考えられる。

日本の町工場における「職人」さん達の仕事は今でもまだどこの国のどこの機械でも実現できていないそうである。
医者は霊感直感的な仕事。
経験のある優秀な医者の仕事をAIがいかに消化吸収できるかがポイントであろうが、超僅少であってもその差は現実的に極めて大きいと考えている。

職人としての「医者をなめるな」と言いたい。
自慢であるが筆者の父親の将来予測は全て当たった。
医者の収入減が起こり多くの公立病院の赤字、衰退傾向が生じるという予測と精神疾患の増加である。
父は「自分のアタマで考える読書家であった」
それらの資質は遺伝したようである。
これらの情報までAIにインプットするのであろうか。
多分、医療向けのAIではそれはないだろう。

ありがとうございました
M田朋玖



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