コラム[ひとくち・ゆうゆう・えっせい]

コラム:ひとくち・ゆうゆう・えっせい

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■ 厚顔無恥2018. 9.22

かつてはネットで購入していた「グッズ」をドラッグストアでも買えると小耳にはさんだので試しに近所のドラッグストア「モリ」に出かけてみた。

確かにそれは化粧品のコーナーと隣接してタタミ2畳くらいのスペースに展示してあって、ネットの商品よりもいくらか小振りの「ソレ」を食料品コーナーでピックアップした発芽玄米パック3ケと一緒にレジカウンターに置いたところ、籠とレジ袋を渡されてオシマイと思っていたら何としたことかその商品だけ小さい袋に入れてビニールでワザワザ「梱包」してくれるではないか。
・・・「そんなことしてくれなくても良いのに」・・・。
思わず周囲を見回すワケにもいかず、同列のレジに並んでいた若い女性とかレジ係の主として女性ばかりの中でただ中空を見つめて出来るだけ素知らぬ顔でそのプチ「梱包」の時間が過ぎるのをじりじりしながら過ぎるのを待った。

羞恥心というより独特の気まずさがあって「その年でそんな物を使ってナニ(・・)をするんかい」
みたいに思われているだろうなあと考えながら誰も目を合わせようとせずに明るすぎる店内の照明とお客さんの多さを恨めしく思いながらイソイソと店を後にしてクルマに乗り込んだ。
性的問題における羞恥心は時にその興奮を盛り上げてくれたりもするが、このような状況におけるその「心」は早々に忘れるしかなく、自らの「厚顔無恥」に期待するしかない。

男性器を挿入して使うそのグッズは年齢を重ねてから逆に必需品になってしまった。
その購入当時は少なくともそれを使用せざるを得ない「感覚」にまで快感が落ちてしまっていたからである。
不思議なことに最近になって禁酒しただけであるのにその感覚鈍磨は軽快して今は若者のようにその行為をフリーハンドで出来るようになった。
誠にありがたいことである。
また、かえすがえすも缶ビール1本〜2本の僅かなアルコールでもその悪影響が予想以上に深刻であることをあらためて思い知った次第である。

アルコールの害についてはアメリカ人の友人で90歳近くまでソレが「現役」であった男性に40代の時に注意されたのであるが、チョットくらいいいだろう・・・と安易に考えていたけれども、この性感の鈍磨と精力の減退がアルコールで確実に生じることを実感している。
勿論、体質的にアルコールに強い人々もおられるようであるが、これらの傾向の男性はどちらかというと少数派であるようだ。
男性の場合「酒」か「女」かを厳正に選択しなければならないようだ。


このことは塩野七生の著書にも書いてあって、ギリシャ時代のストア学派(ストイシズム、即ち禁欲主義を謳った哲学の学派)の人々の飲食における禁欲は当時、性の快楽の為の主義であったらしいと記してあった。
つまり食欲を制限する禁欲だけで性欲については禁欲しない主義である。

現代では勿論、禁欲主義と言った場合すべての欲を抑制するという主義で、ギリシャ時代のストイシズムとは一線を画するもののようだ。
そういう意味でも厳密にはストイシズムという呼称は適当でないかも知れない。

このような流れから豊な「性」の為に酒を断つとあらためて決心した次第である。
それにしても最近はネット社会のおかげか、あちらこちらで性についてずい分と開放的になった。
一方でその反動かジメジメとして陰湿でやや秘密めいた昭和のエロスが衰えたように思える。
ロマンチシズムがさらに薄れてドンドン即物性が加速され、映像的にもマンガチックになっていて個人的にはとても残念である。

昭和のエロスの一番は画像の絵画的な美しさと局部を隠している分、さまざまなポーズについてのエロチックな工夫があって、より想像力をかき立てられる。
また物語性が強く、すべての映像・画像の背景にそれらの、どちらかというと湿っぽいカワイソウナ娘とかカワイソウナ女性のソレでエロス感覚がイヤ増される。

今はエロスが本屋でもなくドラッグストアでもなくパソコンの中に収束してしまってさらにツマラナイ。
ネットの情報が映像的に駄作なので本屋でも素人の投稿雑誌だけが生き残っていて幅をきかしているようだ。
それでも素人なので芸術的に優れたバランス美を持った作品は少なく、1冊中に1枚か2枚という程度。
昔の昭和から平成初期のあのエロ雑誌のように豪華絢爛という類は殆んどなく、すべからくキタナイ画像ばかりで芸術性が殆んどない。

最近の人のファッションと同じでエロスの世界でも「センスの良さ」を少しも感じない。
映画もそうだ。
加速度的に進んでいる粗製乱造傾向というのが平成末の30年間のトレンドのようである。

妄想の世界、主として文字や文章の中にそれを見い出すこともできないので、自分で作品を書いて楽しんでいるが、まさか発表の場はないであろうけれど町の本屋で見かける投稿雑誌やエロ小説よりも個人的にははるかに面白いと感じる。
これは当然のことで、エロスの感覚というものはさまざま、マチマチで千差万別であるからである。

それでも或る昔の熟女雑誌で倒産した雄出版の「熟女の部屋」で抱いてみたいモデルランキングなどを見ると筆者の好みと殆んどズレていなくて興味深かった。
それで気付いたことのひとつに所謂、世間的な美人が高い人気を誇っているということはなくて、どちらかというとあまり容姿の秀でていないトシの行った女性がランキング上位で、それは痩せとか肥満とか無関係で何というかとにかく「エロい」女性は人気があるようである。
それは文字にして表現するのが極めて難しい性質の特徴である。

テレビに出てくるタレントさんでこのエロい女性を殆ど見かけない。
アダルトビデオにはかなり多く発見できる。
そしてまたその度合いの高い女性は確実に人気があるし多作である。
そのエロス、即ち生命力がほとばしり出ているという存在で、時の強烈すぎて圧倒されてしまうくらいである。
それくらいのポテンシャルがあると「女優業」も面白いらしく夥しい数の作品に出演しておられて痛快である。
全て恥も外聞もないレベルのエロスにおける厚顔無恥というのは非常な爽快感という印象を与えてくれる。

人倫にもとる厚顔無恥とちがって人々に「喜び」を与えているのであるから天神も応援してくれそうに見える。
ただし、あまりに性的な逸脱が強くて放埓であり過ぎると末路は悲惨で、スーパーやコンビニで万引きまでしないと生きていけない・・・警察のお世話になるレベルまで落ちぶれ果ててしまうこともあるようである。
何かしらこれらの傾向にも「無制限」とはいかないのかも知れない。
特に女性は。
何故なのだろう。

ありがとうございました
M田朋玖



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